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SHIN OKADA | 岡田晋公式ブログ

プロスケーター、PUSH CONNECTIONプロデューサー岡田晋の公式ブログです。

世界への扉<メガネとオタクとスケートボード〜最終章〜>

<世界への扉>

 

「晋!凄いぞお前!!快挙だ!快挙!!すぐにカリスト来いよ!!」

 

今まで聞いた事もない程に興奮した声のオダッチから連絡が来たのは、Primeにフッテ

ージを送ってからちょうど2ヶ月後のある日の午後の出来事だった。

 

クリスのフックアップによりPrimeにビデオを送ってから1ヶ月が過ぎた辺りから、あ

の騒動の予兆はなんの前触れも無く突然現れ始めた。

 

(ピンポーン♪)

 

「岡田晋さんに海外からのお届け物です。」

 

その日、何時も通り高校から帰宅し、等々力にスケートしに出かけようと自宅で準備し

ていると、僕宛に海外からの荷物が届いた。

 

それまで海外からの荷物など受け取った事のない僕は、それがクリスからの物だと直感

的に察した。

 

慌てて玄関を開けると、宅配のお兄さんが抱えていたのは、代理店やスケートショップ

の倉庫でしか見た事のないスケートデッキを発送する為の独特なサイズの細長い段ボー

ルで、その段ボールにはWorld Industriesのロゴが大きくプリントされていた。

 

「う!うわ〜〜!!」

 

興奮を抑えきれずその場ですぐにその段ボールを開けると、中からはスケートショップ

に漂う新品のデッキ特有のニスの匂いと共に、何とも言えない異国の風が僕の自宅の玄

関に溢れた。

 

段ボールにぎっしりと入れられたデッキやウィール、Tシャツ等を夢中でかき出す様に

取り出していると、荷物の中から1通の手紙がこぼれ落ちた。慌ててその手紙を拾い上

げ開いて見るとそこには、

 

「フッテージ見たぞ!!Good Job!!!クリス。」

 

と手書きで書かれたクリスからの短いメッセージが添えられていた。

 

僕は段ボールに入っていたギアをその場に並べ、クリスからの手紙を手にニスの臭いが

充満した玄関でしばらく興奮と感動と共に、遠く離れたアメリカに居るクリスやPrime

の仲間達に思いを馳せた。

 

(僕は忘れられていない。)

 

クリスからのメッセージとギアの入った荷物は、僕にアメリカのチームにしっかりと所

属している実感と共に大きな安心感を与えてくれた。

 

僕は今でもプレスしたてのデッキの匂いを嗅ぐ度に、この日の出来事を鮮明に思い出

す。

 

オダッチからの連絡が入ったのは、そんなすばらしい出来事の1ヶ月後の事だった。

 

何が起きたのか分からないまま、僕はすぐに家を飛び出しカリストへと急いだ。オダッ

チがあそこまで興奮する快挙とは一体なんなんだろう?カリストへ向うの僕の心にはそ

んな疑問と不安にも似たわくわくが渦巻いていた。

 

「オッ、オダッチ!!」

 

あまりにもオダッチの興奮が気になり、代官山から競歩のようなスピードで向った僕が

息を切らしながらカリストに飛び込むと、落ち着かない様子で僕を待っていたオダッチ

も、レジの向こう側から1本のビデオテープを手に転げるようにこちら側に飛び出して

来た。

 

「おい!!晋!!コレ見てみろ!!」

 

何時もは冷静なオダッチが、我を忘れる程興奮している姿に驚きを隠せないまま、押し

切られるように渡されたビデオテープを見ると、そこには炎のグラフィックにPrime

「Fight fire with fire」と言うタイトルがプリントされていた。

 

「うあ!!!Primeのビデオじゃん!!遂に出たんだ!!」

 

当時、新作のスケートビデオが日本に入ってくるまでには3ヶ月近いタイムラグがあっ

たにも関わらず、カリストの社長はアメリカのスケートショップと提携し、1ヶ月にも

満たないタイムラグで新作のビデオやデッキを仕入れていた。おそらく、このPrimeの

ビデオを日本人で1番最初に目撃したスケーターはこのカリストで働くオダッチだった

だろう。

 

しかし、彼の興奮はそんな最新のビデオを誰よりも早く手にしたというレベルのもので

はなかった。

 

純粋にPrimeのビデオが出た事に驚く僕に業を煮やしたオダッチは、僕の手にあるその

ビデオを勢い良くひっくり返した。

 

「違う!!違う!!快挙なのはこっち!!裏を良く見てみろ!!」

 

言われるがままビデオテープの裏側を見ると、そこには出演ライダーの名前がずらっと

表記されていた。上からKris Markovich、Mike Santarossa、Mike Crum、さらに日本に

来日しなかったプロスケーターの名前が4人、そしてその次の名前へと目を移した時だ

った。

 

「あ〜〜〜〜!!!!」

 

僕はあまりの衝撃に口から内蔵が飛び出しそうになった。その姿を見たオダッチもやっ

と理解したかと言う表情で、

 

「な?快挙だろ?マジでスゲーぞ晋!!」

 

と、僕の両肩を掴み前後に揺さぶった。カクカクさせられながらも、僕はビデオテープ

にプリントされた1人のスケーターの名前を何度も見直した。

 

「Shin Okada」

 

そう、そこにはしっかりと僕の名前が表記されていたのだ。

 

スケートビデオの出演ライダーの表記は、通常上から下に向けてチーム内での評価と順

位をそのまま表現していて、プロに続いてアマチュアと言うのが通例だった。僕はアメ

リカ人そして世界のスケーターにとっても無名で、アメリカに住んでも無い訳で、表記

は1番下でもおかしくないにも関わらず、なんとその順番はプロのすぐ下、アマチュア

の一番上に名を連ねていたのだった。

 

「オダッチ!!もうコレ観た??」

 

すぐにそれに気付いた僕が次に気になったのは、ビデオの中での僕の扱いと内容だっ

た。

 

「おう!!気が付いたな!!名前の位置もスゲーだろ?中身もマジでヤバいぞ!!晋の

扱いはまったく他のプロと同等で、パートもフルで入ってるしオープニングにも出て来

るんだ!!!お前本当にスゲー事しでかしたな!!!」

 

オダッチも、やっと僕が彼の興奮に追い付いて来た事に満足そうな表情を浮かべ、

 

「それからこんなのもあるんだぜ!!お前ぶっ倒れんぞ!!」

 

と言い、レジ裏に戻ると1冊の雑誌を手に戻って来た。

 

「コレだ!!」

 

それは当時、ThrasherやTransworld Skateboardingと共に人気を博していたサンフラン

シスコ発のスケートマガジン「SLAP」だった。

 

次々に展開する驚くべき出来事にやられっぱなしの僕に、追い打ちをかけるかのごと

く、オダッチはそのSLAPのふせんの付いたページを開き、僕の目の前に出した。

 

「じゃ〜〜〜ん!!!」

 

それはPrime立ち上げとビデオリリースを知らせる広告で、上半分にはPrimeのロゴとビ

デオリリースのインフォメーション、下半分にはスケートトリックの連続写真が掲載さ

れていた。その連続写真のトリックを目で追おうとした次の瞬間、さらなる衝撃が僕の

全身を襲った。

 

「コ!!コレ!!俺じゃん!!!」

 

そう、その広告に使われていたのは、クリスが帰国する際に持ち帰った

NEWTYPE「LITTLE PHAT」の中の1トリックで、Prime加入の決定打となった、世界

でまだ誰もメイクした事の無いトリック、ノーリーハーフキャブヒールからのスイッチ

バックサイドノーズグラインドだった。

 

「晋!!世界デビューだな!!」

 

あまりの衝撃にふらふらになった僕にオダッチは誇らしげにそう言った。

 

当時、スケートシーンを席巻していたWorld Industriesの傘下に誕生したブランド

「Prime」、そんな世界が注目する新たな流れの中に突如現れた日本人スケーター、そ

してまだアマチュアにも関わらずPrime1発目の広告でのニュートリックの披露に、ビ

デオパートの獲得。それらはオダッチの言う通り快挙以外の何ものでも無かった。

 

その頃、アメリカのカンパニーにアメリカ以外の国に住むスケーターが所属し、

彼らと同等の扱いでビデオに収録されたり、広告に起用される事など、世界的に見ても

まずあり得ない出来事だった。しかも、そのスケーターは眼鏡こそ掛けていないもの

の、ちんちくりんの東洋人な上にパートに出て来るスポットも全て日本なのだ。

 

それは、日本人として初めての快挙であると同時に、アメリカ以外に住む全てのスケー

ターにとってもセンセーショナルな出来事となった。

 

アメリカはおろか海外に1度も出た事の無い僕が、その世界の驚きを肌で感じるのはま

だこれから先の事だが、間違いなく僕はこのPrimeのビデオを通し世界デビューを果た

したのだった。

 

そんなとんでもない事態の中心に突然置かれた僕の中にあったのは、周りの興奮とは別

にギリギリで眼鏡面を世界にさらさないで済んだと言う、ささやかな安堵感だった。

 

とにかく、眼鏡面を卒業した「Shin Okada」のフッテージはPrime立ち上げとビデオリ

リースのニュースと共に、瞬く間に世界中へと拡散されて行った。

 

そして、日本人として初めて世界デビューを果たしたと言うこのセンセーショナルな出

来事は、無論、僕の住む国内スケートシーンにもあっと言う間に広がり、NEWTYPEに

加入した時のそれとは比べ物にならない程の反響と共に、眼鏡問題に安堵する僕とはま

ったく別次元で一気に僕の知名度を押し上げて行った。

 

この出来事を通し、僕はNEWTYPEに所属するスケートが上手い眼鏡野郎から、突然、

日本人初の世界に羽ばたく日本代表のスケートボーダーとして、意図せず国内スケート

シーンの最先端に躍り出てしまった。

 

しばらくの間、お世話になった人やスケーターの仲間からの連絡がひっきりなしにかか

って来た。そして今までなんとなく僕を小馬鹿にしていた年上のスケーターまでもが、

そんな態度を急激に軟化させていくのが分かりやすい程はっきりと感じられた。

 

僕は純粋に世界に認められたと言う喜びと同時に、NEWTYPE加入の時に感じたよりも

遥かに大きな周りの変化に、なんとも言えない戸惑いを感じ始めていた。

 

NEWTYPEに加入し、見る側から見られる側に立ち位置が変わり、シーンの中心に近い

所まで来たとは言え、それでもあの日まではまだ、国内で上を目指す余地が僕には残さ

れていた。

 

しかし、Prime加入によるビデオリリースは、そんな国内シーンの進化を一気に更新

し、前人未到の領域にまで踏み込んでいた。シーンの最先端に躍り出る事と引き換え

に、僕は目に見えない重圧とプレッシャーを一人背負う事になってしまった。

 

周りからの評価が上がれば上がる程、アメリカと日本のシーンの狭間で宙ぶらりんにな

った僕の心には言い知れぬ不安が深く広がっていた。

 

「岡田晋さんに海外からのお届け物です!」

 

そんな、日本のスケートシーンの賑わいから来るとてつもない不安にもみくちゃにされ

ている最中、Primeからの2回目の荷物は僕の元に届けられた。

 

Primeのビデオがリリースされて以降、僕は毎日の様にポストを覗き、Primeからの荷物

が届いてないかと確認する日々を送っていた。

 

それは、新しいデッキを心待ちにするわくわくした思いと言うよりも、Primeとの繋が

りを一刻も早く確認したいと言う焦りにも似た気持ちだった。

 

インターフォンの向こうから聞こえた待ちに待ったその一言に、僕はサンダルも履かず

に勢いよく玄関の扉を開けた。

 

「!!!!!」

 

僕は担がれたWorld Industriesからの荷物を見た瞬間、一目で明らかに前回の荷物とは違

う点を発見し、驚きと共に思わず言葉を失った。

 

とにかく冷静を装い荷物を受け取り、1度大きく深呼吸してから届いた荷物をもう一度

しっかりと見つめた。

 

「Good Job!!晋!!」

 

「Welcome to Prime!!」

 

「早く一緒に滑ろうぜ!!!」

 

その段ボールは、World Industriesのロゴが読めない程に、Primeチーム全員からの手書

きの熱いメッセージで埋め尽くされていた。

 

僕は彼らからの心のこもったメッセージに胸を熱くさせ、その1つ1つを丁寧に目で追

った。その中でも一際、僕の心に突き刺さったのが、

 

「晋!!早くアメリカに来い!!みんな待ってるぞ!!」

 

と言う、クリスからのメッセージだった。他にもほとんどのチームメイトが僕がアメリ

カに来る事を望んでいると言った内容のメッセージを段ボール一杯に書き込んでいた。

 

彼らからのメッセージは、日本で閉塞感とプレッシャーに押しつぶされそうになってい

た僕に、世界のフィールドと言う1つの方向性を示していた。

 

(もうアメリカに行くしかないかもな。)

 

塀遊びに興じていた眼鏡でオタクの少年が出会ったスケートボードの世界。それをとこ

とん探検すると言う冒険が、遂に国内のステージを経て、いよいよ世界のステージへと

突入しようとしていた。

 

その日も僕は、自宅の玄関でチームメイトからのメセージに埋め尽くされた段ボールを

見つめ、彼らからのラブコールにより目の前に開かれた新たなステージと、遠く離れた

アメリカに居るPrimeの仲間達にしばらく想いを馳せた。目の前の玄関を開けたらすぐ

にアメリカに居る仲間達に会える様な気がする程に、世界が近く感じられた高2始まっ

たばかりの春の話である。

 

そしてこれが、僕がスケートを始めてから世界デビューをするまでの短いようで長い、

怒濤の様な4年間の物語であり、世界の岡田晋と呼ばれるきっかけとなったエピソード

である。

 

眼鏡でオタクの少年は、スケートを通したくさんの人たちと出会い、コンプレックスに

打ちのめされ挫折しかけそうになる度に、そんなスケートで出会った仲間達に支えら

れ、背中を押され前に進んで来た。

 

僕が何か特別な事をして来たか?と聞かれてもただがむしゃらに憧れのアメリカのプロ

達に追い付こうとスケートをして来ただけで、他のスケーター達と違った点があったと

するならば、それをビデオに記録し続けたという事位だろう。

 

とにかく、全ての人との出会いや後押しが様々な形でタイミング良く重なりあい、この

奇跡的な出来事は起きた。

 

今でも海外に行くと、同世代のスケーター達からPrime加入のエピソードをしつこく聞

かれる事があるが、こんな物語を簡単に説明出来るはずが無く、ただ「ラッキーだった

んだ!」とだけ言いごまかして来たが、その全てをこのコラムに記録し残しておこう。

何時かこのコラムが英訳されたら、その時はあいつにも送ってやろう。

 

ただ、この4年間の物語も僕のスケートキャリアで言えば、たった5分の1にも満たな

い期間の話であり、この後もまだまだたくさんの冒険がこの探検には待ち受けている。

 

そんな僕の探検はこの先、いよいよ日本を飛び出し世界へとそのフィールドを広げて行

く事になるが、その話はまた次の機会に。

 

最後に、この連載に最後まで付き合ってくれた読者のみんなとそれを支えてくれたTWJ

Skateboardingの編集長、井上慎くん、そして応援してくれた仲間達に心から感謝した

い。ぼくはスケートを通して、本当に掛け替えのない仲間達と出会えたと思っている。

みんな本当にありがとう。

 

連載開始から2年、ようやくこの企画にも1区切りつけそうだ。そろそろ仲間が迎えに

来る。今日も新しい刺激を求めて探検に出かけるよ!まだまだスケートと共に行きたい

場所や見たい景色がたくさんあるんだ。読者のみんなとも何時か何処かで逢えるかな?

 

その日までKeep on skating!!

 

スケートボードに最大級の感謝と愛を込めて。

 

Shin Okada

 

続く。

 

 

メガネとオタクとスケートボード〜前書き〜

メガネとオタクとスケートボード〜第1章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第2章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第3章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第4章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第5章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第6章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第7章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第8章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第9章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第10章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第11章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第13章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第14章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第15章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第16章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第17章〜

 メガネとオタクとスケートボード〜第18章〜

 メガネとオタクとスケートボード〜第19章〜

  メガネとオタクとスケートボード〜第20章〜

2人を繋ぐマスターピース<メガネとオタクとスケートボード〜第20章〜>

<2人を繋ぐマスターピース>

 

「晋!!今すぐPrimeに入れ!!」

クリスの口から飛び出したその一言に、僕は驚きと同時についに来たか!と言うとても

不思議な感覚に襲われた。

 

福田さんからPrimeチーム来日の話を聞いてから1ヶ月後、遂にクリスと彼の立ち上げ

たスケートブランド「Prime」のチームメイトが来日する日がやって来た。

 

展示会場周りでの夢のようなセッションから始まり、東京のスポットや僕のローカルス

ポットでのセッションを経て、ついにクリスは自分の仲間を連れて日本へ撮影にやって

来る。そして今回僕はそのアテンド役に選ばれた。

 

振り返れば、クリスとの関係は決して落ち着く事無く、来日の回を重ねるごとにその内

容は色濃く密接なものになっていた。その日、僕はそんな彼との今までの流れを振り返

りながら、今まさに目の前に来ている彼との再会に、わくわくと緊張をごちゃまぜにし

ながらエムスミで彼らの到着を待った。

 

「よ〜〜!!晋!!」

 

そんな僕の緊張を吹き飛ばすように、まるで先週会ったかのようなテンションのクリス

が当たり前の顔をして仲間と共にエムスミに入って来た。

 

「クッ!クリス!!」

 

慌てて出迎える僕にハグをする彼の雰囲気は、僕の記憶に残っている前回までのクリス

よりほんの少しだがやんちゃで若々しく感じた。それもそのはず、よく考えてみれば今

までの来日は常に両親と一緒で、他のスケーターの仲間も居ない環境だった。それに対

して今回の来日は、彼にとって普段滑っているチームメイトとの撮影ツアー、今までよ

りさらに解放された普段に限りなく近い彼の姿に、僕も新鮮な気持ちと共に、今までの

不安よりもわくわくの方が断然高まった。

 

 

「晋!!俺のチームメイトを紹介するよ!!」

 

一気に熱量の上がったエムスミの店内で、彼はすかさず一緒に来日した2人のスケータ

ーを僕に紹介してくれた。

 

「Mike SantarossaとMike Crumだ!!」

 

クリスの後ろに遠慮気味に立っていた2人が、ほんの少し緊張した様子で僕の前に出て

来くると、

 

「晋だね?クリスから話は聞いてるよ!よろしく!!」

 

と、とても穏やかな笑顔で挨拶してくれた。Mike Santarossaはひげ面で一見、クール

な雰囲気をまとっているが、彼のその言葉と笑顔からすぐにクリスと似たものを僕は感

じた。Mike Crumはとてもおとなしく、常ににこにこしながらみんなの後を着いて行く

タイプで、人の良さが全身から溢れ出す様なスケーターだった。そして何より、クリス

が事前に僕の事をみんなに伝えてくれていたことに、安堵感と共にいつでも対等に扱っ

てくれる彼のケアーに感謝の念を抱かずにはいられなかった。

 

なぜなら、今こうして挨拶を交わした2人も、ぼくにとっては何度もアメリカのビデオ

で目にしていた憧れのプロスケーター達なのだ。

 

僕は彼らが来日するまで、Primeに誰が加入したのかをまったく知らなかった。このエ

ムスミでの挨拶がその初めてのタイミングでもあった為、冷静を装う僕の内心は、アメ

リカのプロスケーターを3人も前にし興奮を抑えきれない、ただのキッズスケーターそ

のものだった。

 

もしこれが本人達との接点無しで遭遇した出来事ならば、僕はすぐにカリストのオダッ

チの所にこのスクープを報告しに一目散に走っただろう。

 

僕はそんな浮き足立ったファン心理を必死で抑え、クリスやチームメイト達とつたない

英語でコミュニケーションを取りながら、福田さんに促されるまま彼のバンへと乗り込

んだ。

 

「晋!この前行った公園に連れてってくれよ!!」

 

車に乗り込むや否やクリスはすぐにこう言って来た。そうそれは前回クリスが人間業と

は思えないトライを見せた、僕のローカルスポット等々力公園の事だった。

 

「OK!! Let`s go TODOROKI!!」

 

彼が等々力の事を覚えていてくれて、来日最初に行きたいと言ってくれた事に僕のモチ

ベーションはさらに高まった。こうしてクリスとPrimeチームとの撮影ツアーは最高の

テンションで幕を開けるのだった。

 

「うわ〜〜〜すげ〜路面良いじゃん!!」

 

等々力公園に着くとすぐに、Mike SantarossaとMike Crumは等々力公園の路面の良さ

に食い付いてきた。そんな新しいスケートスポットとの遭遇に子供の様に興奮する彼ら

の姿は、遠く離れたこの日本で彼らに憧れ、ビデオや雑誌だけで想像を膨らましスケー

トをして来た僕らと何も変わらないと言う事実に、僕は驚きと不思議な感覚を隠せなか

った。

 

そんな喜ぶ彼らの姿を見たクリスも、僕の方をちらっと見ると親指を立てて「やった

な!」と言う顔でにこっと笑った。

 

早速撮影の準備をし始める彼らは、お互い話し合いながら交代でカメラを構え撮影を始

めた。その姿にも僕は驚きと興奮を隠す事が出来なかった。なぜならその姿は、僕ら

NEWTYPEのそれと何一つ変わらなかったのだ。当たり前と言えば当たり前なのかも知

れないが、ずっとアメリカはこうしてるんじゃないか?と言う予想と想像だけで彼らの

やり方をまねてビデオを撮りリリースして来た僕らだったが、その精度や感覚は想像以

上に本場アメリカの彼らと同じで、今まさにその答えが目の前で当たり前の様に展開し

ている。それを興奮するなと言う方が無理な話だった。

 

しばらく、彼らのその撮影の雰囲気や動きに目を奪われていたが、そのうち僕の心にふ

つふつと湧いて来たのは、

 

(こんなチャンスそうはない!ぼくも何かやらなきゃ!!)

 

と言う、プロを目指す1人のスケーターとしての強い気持ちだった。

 

それは、初めてNEWTYPEの存在を知り、がむしゃらにジャブ池の輪の中に突っ込んで

行った時の衝動にとても似た感覚だった。NEWTYPEに加入し、追う側から追われる側

に立場が逆転してからと言うもの、ここまで強い思いに駆られたのは久しぶりの事だっ

た僕の滑りにも自然と力が入った。

 

(とにかく全力で滑るしかない。)

 

そう自分を奮い立たせ、出来る限りいつも通りを装いながらも熱い思いを込めて夢中に

スケートに集中していると、ふとクリス達が撮影を止め、僕の滑りを目で追いながらな

にやら話しているのが目に入った。アメリカのプロ達に見られていると言う感覚に一瞬

ドキッとしたが、彼らのその素振りや雰囲気から、その話の内容は決して否定的なもの

ではなく、むしろ肯定的な評価を受けている事だけは感じ取る事が出来た。

 

(僕のスケートは本場アメリカのプロスケーターから見たらどんな風に映るんだろ

う。)

 

そんな事を考えながらもしばらくがむしゃらに滑り続けていると、Mike Santarossaが

カメラを片手にこちらに近づいて来た。

 

「晋!!お前もPrimeのフッテージ撮ろうぜ!!」

 

緊張感高まる中、彼はなんの抵抗も無くごく自然にそう言って来た。あまりの驚きにす

ぐさまクリスの方に目をやると、

 

(やったな!!)

 

と言った表情で何も言わず軽く親指を立てると何も無かったかの様に平然とまた滑り出

した。

 

クリスはまるでこうなる事を予想していたかのうように、仲間に何かを指示しる訳でも

なく、自然にPrimeの仲間と僕がリンクしていく様子を静かに見守っている様に見え

た。そして、その読み通りMike SantarossaとMike Crumは僕の滑りを見て興味をいだ

き、彼らの意志で撮影をしようと言って来てくれたのだ。

 

「オッ!!オッケー!!サンキューマイク!!」

 

すぐに僕は等々力公園で出来る限りベストのルーティーンを考え、Mike Santarossaに

伝えると撮影を開始した。

 

スケートを始めてからと言うもの、ずっと憧れてきた本場アメリカのプロスケーター達

の撮影の輪の中に今まさに自分がいる。そして、そんな僕をカメラを手に追っているの

はビデオで何度もリピートし見続けてきたプロスケーターなのだ。

 

それはまさに、アメリカから遠く離れた日本のへんぴな公園の片隅でおきた、アメリカ

ンドリームと言っても過言ではない夢のような状況だった。

 

気が付けば、彼らと共にスケートボードに一喜一憂しながらそれぞれフッテージを残し

滑り終えた僕らは、日が沈む頃には完全に打ち解けあい冗談を言いあう程になってい

た。そんな夢の様な初日の帰り道、福田さんのバンに乗りホテルに戻る途中、雑談の最

中に突然Mike Santarossaが冗談まじりにこう言ってきた。

 

「晋はPrimeのニューカマーだな!!」

 

それを聞いたMike Crumも

 

「そうだそうだ!!(笑)」

 

とにこにこしながら笑った。

 

多分彼らにとってはとくに深い意味もなく言った発言だったのだろうが、前回、前々回

とクリスからのアメリカ行きの誘いを断っている僕にとってその話題はとてもナイーブ

なもので、嬉しい反面、正直どう答えていいのか分からずすぐにクリスの方を見たが、

彼は相変わらず何も言わずにただ嬉しそうに笑っているだけだった。

 

そんなクリスの姿に僕はその真意が掴めぬまま、ただ

 

「サンキュー!」

 

と答えるのがその時の僕に出来る精一杯の反応だった。

 

翌日、そしてその次の日も、彼らは秋葉原や東京のストリートを巡りながら夢中でスケ

ートをしフッテージを残した。僕もいくつか撮影してもらったが、僕が良いフッテージ

を残す度にMike SantarossaとMike Crumは僕のPrime入りをほのめかすのだった。

 

そんな夢の様な生活もあっという間に過ぎ、Prime加入に関してもハッキリとした答え

のでないまま、遂に彼らの帰国前日がやって来てしまった。その日は連日の撮影の疲れ

もあり、スケートはせずにお礼を兼ねてエムスミでゆっくり過ごそうと言う話になって

いた為、僕は彼らとエムスミで落ち合う事にした。

 

彼らとの約束の時間が近づく中、自宅で準備する僕は1本のビデオテープを手に1人迷

っていた。そう、それは世界でまだ誰もメイクした事の無いあのトリックが収録されて

いるリリースされたばかりのNEWTYPEのビデオ「LITTLE PHAT」だった。

 

ツアー中も何度か彼らに、僕が日本でリリースされているビデオに出ていることや、そ

のビデオを実際に見てもらいたいと伝えようとしたものの、相変わらずスケートに乗る

事以外では引っ込み思案で人見知りな僕の性格が、そのたびに自己アピールしようとす

る気持ちにブレーキをかけ、結局その事については伝えられないままだった。

 

だがその反面、僕にはクリス達との関係が今まさにピークに来ている事、そして裏を返

せばこのタイミングが彼らと繋がれる最後のチャンスかもしれない、と言う事もまた直

感的に感じていた。

 

(もうこのチャンスを逃したら次は無いかもしれない。)

 

さんざん自宅で弱い自分と葛藤したあげく、僕は「LITTLE PHAT」とごちゃ混ぜな思い

をバックに忍ばせエムスミへと向った。

 

家での葛藤に思った以上に時間をかけてしまい、僕がエムスミに着いた時には、もうす

でにクリス達はスケートビデオを観ながら福田さんと雑談をしていた。そんな環境に、

僕のごちゃ混ぜな緊張でちぐはぐになった思いは、なんの前触れも無く一気に溢れ出し

た。

 

「クッ、クリス!!ちょっとこれ観てほしいんだけど。。」

 

突然現れたかと思えば、挨拶も抜きに切羽詰まった様子でこう切り出した僕に、クリス

達は口をあんぐりさせて驚いていたが、僕がバックから取り出したビデオテープを見る

とクリスはすぐに全てを理解したように、

 

「それ!晋のフッテージか?」

 

とPrimeの他の2人を押しのけ前に出て来た。

 

「う、うん。」

 

僕がそう頷くと、なんだよ!フッテージあるならもっと早く言えよ!といった表情で半

ば僕から奪う様にビデオを受け取ると、すぐさまビデオデッキにそのテープを入れ再生

ボタンを押した。Mike SantarossaやMike Crumも、僕がフッテージを持って来た事に

興奮した様子でかぶりつく様にテレビの前に集まった。

 

僕を囲むように始まったビデオの試写会。ただでさえ自分のフッテージをNEWTYPE以

外のスケーターと観る事なんてとても恥ずかしくて出来ない僕にとって、それはまさに

公開裁判のような状況だった。しかも、今回の陪審員は本場アメリカのプロスケーター

達なのだ。

 

一気に溢れ出す脇汗と、血の気が引き今にも失神しそうな身体を必死で支えているのが

精一杯の僕の目の前で、遂にNEWTYPEの自分のパートが始まった。

 

間髪入れずに次々と繰り出されるトリックにクリス達は「オー!」とか「イェー」とか

言いながら、一つ一つリアクションと短い感想を入れ僕のフッテージを評価してくれ

た。

 

だが、僕が本当の意味で望んでいたのは、そんなありきたりの反応ではなかった。世界

のスケーターが心の底から驚き、仰天するようなトリックを見せたい。その一心でスケ

ートを追求してきた僕が、必死で考えメイクした世界でまだ誰もメイクした事の無いト

リック。あれがクリス達にどう響くのか?まだそれを知らないままフッテージを楽しむ

彼らをよそに、そのシーンが近づくにつれて僕の緊張はさらに高まった。

 

そしていよいよそのシーンになり、ビデオの中で僕がノーリーハーフキャブヒールから

のスイッチバックサイドノーズグラインドをメイクした瞬間。

 

「ウッ!!!ウオ〜〜〜〜!!!!!」

 

明らかに今までの反応とは別格の、心の底から驚き興奮する彼らの叫び声がエムスミの

店内にこだました。

 

「晋!!!スゲーぞ!!今の!!」

 

「世界で誰もメイクしてないトリックじゃないか!!!」

 

子供の様に興奮する彼らのその姿はまるで、今まで彼らのビデオを観る度にスケートの

進化に驚き興奮した、まさに僕らの姿そのものだった。

 

ハイタッチやハグを求める彼らと僕の関係はこの瞬間、本当の意味で対等になり、その

場に溢れたのは、共にスケートの進化に貢献するスケーター同士のRESPECTだった。

 

必死で世界水準のトリックを追いかけ更新する事を考え、行動し、形に残した僕が望ん

でいたのはきっとこんな状況だったんだと、讃えてくれる彼らの輪の中で僕は改めて確

信し、それが今現実になった喜びに心の底から浸った。

 

その時だった、今までPrime入りに関して一言も言及して来なかったクリスが同じ様に

何かを確信したかの様に2人を押しのけ僕の前に出て来たかと思うと、突然こう言い放

った。

 

「晋!今すぐPrimeに入れ!!」

 

余りにもダイレクトで突然のその一言に動揺し、思わずMike SantarossaやMike Crum

の方を見ると、彼らも静かに頷き全面的な同意の表情を浮かべていた。それは、クリス

をボスとしたPrimeチーム全員からの間違いなく正式なオファーだった。

 

溢れ出す喜びと同時に、前回、前々回とクリスからのアメリカ行きを断った、日本に生

まれ学校に通う高校生と言う、今だ解決出来ていない問題が僕の身体全身を駆け巡っ

た。

 

しかし、今回のクリスからのオファーは、その問題に対する解決策があることを確信し

てのものだった。僕が不安を口に出すより先に彼はこう続けた。

 

「晋がすぐにアメリカに来れない事は分かってる!でも日本で撮ったフッテージをアメ

リカに送る事は出来るだろ?」

 

それを聞いた瞬間、クリスと僕を繋ぐ為に足りなかった最後のワンピースが見つかった

かの様なクリアな思考が、僕の頭の中に一気に広がった。

 

「うん!クリス!それなら出来る!!」

 

それはビデオと言う表現手段が、国境や環境の壁を完全に飛び越えた瞬間だった。やっ

と疎ましかった問題が解決し、全面的に前向きな姿勢を見せた僕にクリスはさらに具体

的な条件を提示して来た。

 

「OK!ただPrimeのビデオ撮りの締め切りは来月までだ!それまでに1パート分の新し

いフッテージを撮ってアメリカに送れるか?」

 

その条件は僕にとって願ってもないお易い御用だった。なぜなら当時のNEWTYPEの撮

影は、ビデオをリリースしたからと言ってしばらく休憩するような物では無かった。

「LITTLE PHAT」の締め切り以降、編集からリリースされる間も、休む事無く次のビデ

オへ向けて撮影を継続していた僕のフッテージは、その時すでに1パート分は十分に溜

まっていたのだ。

 

「大丈夫!すぐにでも送れるよ!」

 

自信を持ってそう答える僕にクリスやPrimeのみんなも流石だな!と言う表情で満足そ

うな笑顔を浮かべた。そして、早速クリスは「LITTLE PHAT」のテープをそこら辺にあ

るビデオケースに入れ替えバックにしまうと、元々入れてあった「LITTLE PHAT」のビ

デオケースの裏にペンで住所をかき込み、

 

「来月中にここに新しいフッテージを送れ!!」

 

と言い僕にケースを返して来た。こうしてWorld Industriesと言うカンパニー名と住所が

しっかりと書き込まれたケースを残し、彼らは翌日アメリカへと帰って行った。

 

彼らの帰国後、僕はクリスから渡されたWorld Industriesの住所の書かれた空ケースを見

つめ、1人言い知れぬ心細さと不安に襲われていた。本当にあの話を信じて良いのか?

彼らが帰国した今となっては、クリス達と約束したPrime加入の話が現実だった形ある

証拠は唯一この空ケースだけなのだ。昨日までの夢の様な日々が去り、普段と変わらな

い日常に戻ると、そんな不安は日に日に膨らんでいくのだった。

 

もし本当にPrimeに加入するならば、僕は今までたんくさんのサポートをし続けてくれ

たP.I.Cを辞めなければならない。それと同時にP.I.Cが出してくれていた大会に出場する

ための必要経費も無くなってしまう。

 

当時、世界を席巻していたWorld Industriesの新たなスケートブランドPrimeから直接サ

ポートされる事は、日本の代理店ライダーになる事とは規模もレベルも違う。それこ

そ、今まで憧れて続けてきた本国のトッププロスケーター達と同じ土俵で勝負が出来る

最高のチャンスだった。だがその反面、この空テープとクリス達との口約束だけを信

じ、今あるこの感謝すべき動きやすい環境を全て捨ててしまって良いのだろうか?

 

僕は、そんなこの先を一変させる事は間違いない、大きくも余りにも心もとない状況下

での選択に、空テープを何度も見つめては2〜3日の間、1人悩み続けた。

 

そんな僕の迷いと不安をまるで見抜いて居たかの様に、1週間も経たないうちに福田さ

んから連絡が入った。

 

「よ〜!晋どうだ?ビデオの準備は順調か?」

 

常にさりげなく気にかけてくれる福田さんのそんな気遣いに、僕は不安で埋め尽くされ

た胸の内を洗いざらい吐き出した。静かに僕の話を聞き終えた福田さんは、落ち着いて

僕を諭す様にこう言ってくれた。

 

「晋!心配すんな!俺とクリスを信じろ!何かあれば何時でも俺がクリスに連絡してや

るし、P.I.Cを辞めて大会に出るお金が無くなって困るなら、俺とみやこで国内で必要な

活動費や物品は出しやる!もう1度M&SMITHに戻って来い!」

 

そんな福田さんからの穏やかだが熱い言葉に、電話口で思わず涙が止まらなくなった僕

は、必死で泣いているのを悟られない様に、

 

「ありがとうございます。明日P.I.Cに話に行って来ます。改めてよろしくお願いしま

す。」

 

とだけ言い電話を切った。しばらくヒクヒク言いながらも、話終えた時には、僕の迷い

や不安は1人悩んでいた昨日までとは比べ物にならない程楽になり、前向きな気持ちが

ふつふつと沸き上がっていた。

 

(よし!!やってやる!!)

 

福田さんの後押しを得た僕は、自分の気持ちがまた弱く萎んでしまう前にすぐにP.I.Cに

連絡を入れ、翌日是石くんに会う為に代官山へと向った。

 

P.I.Cに着くと、何時もならデスクの隣に僕を座らせ雑談する彼が、その日は話の内容が

重要な事を悟っていたのか、奥の倉庫で話そうと僕を促した。そこは、僕が初めてP.I.C

に来た時にスポンサー契約の話を彼が熱く語った思い出の場所だった。

 

是石くんはあの日と同じ様にラックに肘をかけ、P.I.Cで働く1人の社員としてではな

く、同じ1人のスケーターとして僕と向き合った。

 

「おう!晋、話って何だ?大事な事なんだろ?」

 

そんな彼に、僕は今起きている状況とP.I.Cを辞めPrimeへ移籍したいと言う思いを正直

に話した。

 

その話を聞いた彼は少し残念そうに、しかし何処か誇らしげな表情で慎重に言葉を選び

ながらこう語った。

 

「晋はうちにとって大事な看板ライダーだから、辞めちゃうのはもちろん残念だし寂し

いよ。でもPrimeから直接フックアップされて本場アメリカのチームに所属する事は晋

にとってすごく大きなチャンスだと思うし、日本のスケート業界としてもそれはものす

ごい快挙だと思うんだ!だから絶対にやった方が良い!!俺も1人のスケーターとして

おまえの事応援し続けるから!!晋!!頑張れよ!!」

 

是石くんは、僕が辞める最後まで、いや辞めた後でさえ最高に熱くカッコいい兄貴だっ

た。帰り際、エレベーターの前まで送ってくれた彼は、

 

「また何時でも遊びに来て良いんだぞ!!」

 

と言い、ガッチリと握手をすると爽やかにオフィスに戻って行った。そんな彼の手から

は、彼が語った言葉を裏付けるには十分すぎる程のスケートに対する情熱が、僕の胸に

しっかりと伝わっていた。

 

スケートを初めて3年も経たない間に、たくさんのスポンサーを渡り歩きステップアッ

プしてきた僕は、形式的にはそのスポンサーを離れた後も、出会った全ての人からの精

神的なサポートと後押しを得て、今回もまた1歩前に前進しようとしていた。

 

気が付けば、夢を追う僕の足取りは、1歩また1歩と歩みを進める度に、たくさんの人

達の夢や熱い思いが重なり、より力強いものへと変わっていった。

 

もう僕の中にPrime加入への迷いは無かった。

 

翌週、僕はルパンにまとめてもらった最新のフッテージを郵便局からWorld Industriesの

本社へと送った。とにかく言われた事は全てやりきった僕は、遠く離れたアメリカとの

距離感にほんの少しの不安を抱えたまま、後はクリスの言葉を信じ、Primeの動きを待

つだけだった。

 

しかしその数ヶ月後、まさにその1本のフッテージが、アメリカに在住しない多くのス

ケーターの誰もが突破し得なかったとてつもないミラクルをおこす事になる。

 

いよいよ僕のスケーターとしてのキャリアが日本国内の規模を越え、世界に向けて広が

りを見せようとしていた高1最後の春休みの話である。

 

 

 

メガネとオタクとスケートボード〜前書き〜

メガネとオタクとスケートボード〜第1章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第2章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第3章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第4章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第5章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第6章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第7章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第8章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第9章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第10章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第11章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第13章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第14章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第15章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第16章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第17章〜

 メガネとオタクとスケートボード〜第18章〜

 メガネとオタクとスケートボード〜第19章〜

 メガネとオタクとスケートボード〜最終章〜

眼鏡との決別<メガネとオタクとスケートボード〜第19章〜>

<眼鏡との決別>

 

「お〜〜?!あれ?晋どうした〜〜?(笑)」

 

それは、NEWTYPEの3作目「LITLLE PHAT」のリリース直後、注目集まるが故のどう

でもいい疎ましい反響だった。

 

LITTLE PHATの撮影終了後、僕にはスケートとは別に、いやスケートをしているからこ

そ尚の事、どうしても変えたいと願っていた事を遂に叶える日がやってきた。そう、そ

れは今までずっと僕のコンプレックスの元凶であった眼鏡面との決別である。

 

僕がスケートを始めた頃のコンタクトレンズはまだ発売が開始されたばかりで、値段も

高く、両親もその安全性に懐疑的だった上に世の中での普及率も今と比べ物にならない

程で、何度も両親にコンタクトに換えたいと打診して来たのだが、その度に「高校に入

ってからだ!」と止められていた。そうこうしているうちに、僕の眼鏡コンプレックス

の唯一の救いであった徹くんも早々とコンタクトに切り替え、NEWTYPEいやたぶん当

時のスケートシーンの中でただ1人、眼鏡野郎というとてつもない負の称号を僕は背負

っていた。

 

「LITTLE PHATの撮影が終わったら絶対にコンタクトに換えよう!」

 

悲しいかなそれが思春期まっただ中の僕の唯一の望みだった。

 

そして高1の冬、LITTLE PHATのリリースに合せて遂に僕は長らく続いた眼鏡面との決

別を果たした。

 

だが、NEWTYPEの2作目から眼鏡面を代名詞に突然スケートシーンに現れた僕のイメ

ージは3作目「LITLLE PHAT」のリリースでさらに広く、そして強烈に印象づけられて

しまっていた為、眼鏡をはずしたという事さえもスケーター達の恰好のいじり所となっ

た。

 

結局僕は眼鏡をかけていればいじられ、眼鏡をはずせば、それはそれでいじられ倒すの

だった。

 

そして、その相手は、NEWTYPEや東京の仲の良いスケーターの友達や先輩だけに限ら

ず、スケートスポットで遭遇する見ず知らずのスケーターからも容赦なく向けられた。

 

「おい!!見ろよ!!あれ岡田晋だろ!!」

 

「え?マジで!!でも眼鏡かけてねーじゃんあいつ!!(笑)」

 

「本当だ!!眼鏡じゃね〜〜!!ついに色気づいたんじゃね〜の!!(笑)」

 

そんなうざったいひそひそ話にスケーターが盛り上がっている最中、あのニュースは僕

の元に飛び込んで来た。

 

その日、僕は学校帰りに新しいデッキを貰いに行こうと代官山の駅からP.I.Cに向けぷ

らぷら歩いていた。その途中には大会等でいつもお世話になっている老舗スケートショ

ップ「カリフォルニアストリート」があり、NEWTYPEのオダッチがバイトしていた事

もあって、何時も僕はカリストで社長やオダッチに挨拶をし、最新のアメリカ事情につ

いて情報を仕入れてからP.I.Cに行くと言うのが当時のお決まりのルーティーンになっ

ていた。

 

「お?!お〜〜晋か?一瞬分からなかったよ!!コンタクトにしたんだね。」

 

何時も通り店に入ると店番をしていたオダッチが、今まで眼鏡面ではない僕を見た人の

中で最もマイルドに迎えてくれた。

 

「あ!う、うん!そうなんだよね。変かな?」

 

元々オダッチは良くも悪くもあまりそう言う事に興味が無いらしく、

 

「良いじゃん!良いじゃん!!」

 

と適当な返しで眼鏡と決別した僕をすんなり受け入れてくれた。と言うよりその時オダ

ッチにはそんな事より他にもっと強烈な特ダネを仕入れていて早くそれを誰かに言いた

いと言う気持ちの方が勝っていたようだった。

 

「おい!そんな事より晋!!ビックニュースだぞ!!知ってるか?Kris Markovichが

さ〜〜!!」

 

彼が目を見開いて何時も以上にテンションを上げてこう切り出すときは必ずとてつもな

いニュースがもたらされる。

 

「え?何々?クリスがどうしたの?」

 

僕はオダッチのそんな習性を経験上知っていた。しかも彼の口からクリスの名前が出た

事に僕の興味も何時にも増して高まった。

 

「お〜〜?!あれ?晋どうした〜〜〜?(笑)」

 

そんな、これからと言うタイミングで僕らの話し声を聞きつけたカリストの藤原社長が

奥の倉庫から飛び出して来た。そして、僕の顔を見るやいなや、まるで大好物の食べ物

でも見つけたかのように意地悪でやんちゃな笑顔全開で僕が眼鏡をかけていない事をい

じり始めた。

 

「おい!!晋!!大事な物忘れちゃってるよ!!」

 

「え?なんすか??」

 

「何って眼鏡だよ眼鏡!!俺が誰だかそこから分かるか?(笑)ま〜晋も年頃だしな〜

いつまでも眼鏡面じゃモテないか〜〜〜!!がはははは〜!!」

 

とにかく社長は一方的にいじれるだけ僕をいじり倒し一人大声で笑っていた。オダッチ

とはまるで対照的な反応に僕もさすがに飛ばされすぎて言葉を失ったが何でも包み隠さ

ずストレートに思った事を言葉にするそんな性格が社長の魅力でもあった為、僕も何故

か嫌な気分にはならなかった。それどころか、むしろ気にしている事を隅々まで片っ端

からあからさまにしてくれた社長に不思議な爽快感さえ感じてしまった。

 

「あ〜〜、、、ま〜、、、そうっすね!」

 

そんな2人のやりとりを静かに見守っていたオダッチが、そのくだりが一段落するのを

見計らいすかさず、話題をクリスの話に戻そうと社長を促した。

 

「社長!そんな事より例のクリスの話!」

 

すると、社長もハッとした様子でさらにテンションを上げて話の続きを話し始めた。

 

「そうだ!!クリスがWorld Industriesから新しいスケートブランド初めたらしい

ぞ!!リリースに向けてビデオも出すらしくてもう撮影も始まってるんだってよ!!

晋、クリスと日本で何回か滑ったろ?知ってたか?」

 

それを聞いた瞬間、僕の頭の中には前回クリスが帰国する直前にもらしたあの言葉が鮮

明にフラッシュッバックした。

 

「今水面下で新しいプロジェクトを立ち上げようとしてるんだ!半年もしないで仲間と

みんなでまた日本に来るからそれまでスケートに乗り続けろよ!」

 

クリスは話していた言葉通り、アメリカでしかも僕の憧れだったWorld Industriesから

新しいスケートブランドを立ち上げたのだ。藤原社長からもたらされたその情報に僕の

テンションも一気に上がった。それと同時に彼の言葉の後半部分に対する期待も否応無

く僕の中で高まって行くのだった。

 

(クリスが新しいスケートブランドを引っさげて近いうちまた来るかもしれない!)

 

そして、そんな淡い期待は1ヶ月も経たないうちに現実のものとなり新たなニュースと

して僕の元に届けられるのである。

 

「おう!晋ひさしぶりだな!!元気にしてるか?」

 

福田さんから久しぶりに入った連絡。それは間違いなくクリスに関する事だと僕は直感

的に感じた。

 

「はい!元気にしてます。もしかしてクリスの事ですか?」

 

僕がそう言うと福田さんも、話が早そうだとすぐさま本題に入って来た。

 

「おう!もう知ってそうだな!前話してた通りクリスがPrimeって言うスケートブラン

ド立ち上げてさ!!リリースに向けて今撮影してるんだけど、来月チーム全員で日本に

撮影しに来るんだよ!!それでクリスがまた晋に色々スポット一緒に廻って欲しいって

連絡来たんだけど、問題無いよな?」

 

問題なんかあるはずがない!福田さんから伝えられたクリスのお願いは、僕にとっても

これ以上ない程のお願いでもあった。

 

「もちろんですよ!!またクリスと滑れるんですね!!」

 

僕がそう言うと福田さんも嬉しそうに「じゃあ!まかせたぞ〜〜!」とだけ言い爽やか

に電話を切った。

 

(Primeって言うブランドなんだ〜。)

 

電話を切ってからしばらく僕は、クリスが立ち上げたブランドと彼と出会ってから今ま

での不思議な出来事に思いを馳せていた。

 

今と違い、ネットも無ければ向こうのスケート雑誌も1ヶ月以上遅れて日本に入って来

るような状況の中、クリスと僕の関係は近いようで遠い、遠いようで近い、不思議な距

離感を保ったまま、いよいよ1つの終着点に向けて動き出そうとしていた。

 

「LITTLE PHAT」のリリース直後、眼鏡との決別とともに今まで見えなかった新たな景

色までもが見えて来そうなそんな新鮮な期待に心躍った高1最後の冬の話である。

 

 

メガネとオタクとスケートボード〜前書き〜

メガネとオタクとスケートボード〜第1章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第2章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第3章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第4章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第5章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第6章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第7章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第8章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第9章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第10章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第11章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第13章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第14章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第15章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第16章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第17章〜

 メガネとオタクとスケートボード〜第18章〜

 メガネとオタクとスケートボード〜第20章〜

世界でまだ誰も見た事の無いトリック<メガネとオタクとスケートボード〜第18章〜>

<世界でまだ誰も見た事の無いトリック>

 

「次のNEWTYPEのビデオ、トリは晋な!!」

 

それはNEWTYPEの3作目「LITTLE PHAT」の撮影が佳境に入ろうとしていた、クリス

帰国直後の出来事だった。唐突にルパンの口から飛び出したその一言に僕は驚きと興奮

を隠す事が出来なかった。

 

何より、前作から加入したばかりの僕が次の作品でいきなりトリを務める事になるとは

想像もしていなかった上に、全てを誰よりも厳しくジャッチし決定していたルパンが自

分の事をそこまで評価してくれていた事に正直動揺すら感じた。しかしルパンは、情や

ノリでビデオの構成上、最も重要な事項を決定するような性格では無い事を知っていた

僕は、尚の事そんなルパンの判断に大きな衝撃を受けた。

 

「本当に俺で良いのか?」

 

まず僕の頭をよぎったのはそんな弱気な思いだった。

 

当時、突然たくさんのスケーターに見られる様になった僕には、一体どれが本当の評価

で自分がどれくらいの実力なのか?と言う事に対しいまいち自信が持てていなかった。

それにNEWTYPEの初めて主演した前作を自分自身で見返しても、目に付くのはファッ

ションセンスの無さやスタイルの未完成感、そして極めつけは眼鏡面。他のメンバーと

比べれば比べる程、自分の劣っている部分ばかりが見えてくるのだった。

 

ただ、だからこそ次の作品「LITLLE PHAT」では少しでも良いから成長した自分でいた

いという思いが、その時の僕を突き動かしている大きな力である事もまた確かな事だっ

た。

 

僕は何時でもこんな調子で何かある度にコンプレックスから来る不安と、それを変えた

いと思う強い感情の中で終止行ったり来たりしていた。「LITTLE PHAT」のトリを務め

る事に対しても分かりやすく僕の気持ちは瞬間的に揺れ動いた。コンプレックスの固ま

りでありながら、それを変えたいと願う自分の思いをただひたすらスケートにぶつけ、

それが極端に評価されるとまた一気に不安になる。とにかく七面倒なくらいにがちゃが

ちゃな精神状態の中に居た。

 

結局、ルパンがそう言うならそうなんだ!と言う何とも人任せな結論で自分を落ち着か

せ、残りの撮影期間を全力で行く覚悟を決めた僕の心に次に溢れて来たのは、

 

「NEWTYPEでトリを務めるなら、まだ世界で誰も見た事のないトリックを1つでもパ

ートに入れなきゃだめだ!!」

 

と言う、使命感にも似た強い思いだった。

 

ルパンからトリを任された頃、僕のフッテージは確かに他の誰よりも溜まっていた。そ

して海外のビデオに出て来る最新のトリックもかなりの量で習得しフッテージとして残

していたのだが、今だ世界でまだ誰も見た事の無い最先端のオリジナルトリックをメイ

クするまでに至って居なかった僕のモチベーションは、ルパンのその決定をキッカケに

締め切りに向け、ただその1点だけに注がれるようになった。

 

その日以降、僕のオタク的思考は一気にフル回転し始める事になる。

 

当時、回し技のほとんどはすでに出尽くしており、アメリカのトリック進化の過程は、

回し技と縁石トリックやマニュアルトリックの複合技による新たなトリックの発明へと

より高度にそして複雑に広がっていた。それはまるで無数のピースをどれだけ難易度高

くそしてセンス良く、さらにどれだけ人の気が付かない組み合わせで繋ぎ合せるかとい

う無限のパズルに挑む様な思考と想像力を要する作業だった。

 

そんな無限パズルに挑む事を決めた僕がまず最初に思ったのは、得意でない回し技から

の複合技で世界の最先端を目指すには、あまりにも時間と労力がかかり過ぎると言う事

だった。もし、世界の最先端に躍り出るなら、どう考えても自分の得意な回し技から展

開して行くのが最も効率的だろう。そう考えた僕がその起点の技として選び出したの

が、その頃世界的に見てもまだそこまで得意な人が存在しなかったノーリーハーフキャ

ブヒールと言うトリックだった。もともと自分の身体にも合っていた事もあり自分なり

にそのトリックに関しては当時からかなり自信を持っていた。

 

ただ、それだけでは単にノーリーハーフキャブヒールが上手いヤツ止まり。僕はさらに

そこにトリックを複合する事でまだ世界でだれもメイクしていないトリックを考え出そ

うと試みた。

 

難易度の低さから言えば軸足を使ったマニュアルトリックが最も近い技だったがそれは

既にメイクも撮影もしており、さらにアメリカのビデオでも何度かそれをメイクしてい

るスケーターを見た事があった。次に、一つレベルをあげると軸足ではないけり出した

足でマニュアルして行くと言うトリックがあったがそれもなんとなく想像出来る領域で

世界的にみれば驚きはさほど無い想定内のトリックだった。

 

そう考えると、すでにノーリーハーフキャブヒールからのマニュアルトリックでは世界

をあっと言わせる事は無理だった。そうなるとさらにレベルをあげて縁石技と複合させ

る意外方法は残されていなかった。そこまで考えた僕は、もうそうならばと、レベルを

下から考えるのを止め、ノーリーハーフキャブヒールから入れる最も難しい縁石トリッ

クは何か?と言う1点に想像力をフル稼働させた。

 

その結果、導き出されたのがマニュアルでも次の新たなトリックに成り得る蹴り出した

足で踏み込む動きを縁石でやってしまおう!!と言うものだった。トリック名は「ノー

リーハーフキャブヒールのスイッチバックサイドノーズグラインド」まるで呪文の様な

このトリックは想像出来る次の進化の一歩先をいっている、そしてこのトリックなら世

界のスケーター全てをあっと驚かせ出し抜く事が可能だ!

 

僕のフル回転したオタク思考は遂に1つの答えにたどり着いた。

 

「もしもし!ビビ?ちょっと新しい技に挑戦したいからつきあってくんない?」

 

翌日、すぐに僕はスケートシーンに徐々に戻りつつあった666からの仲間、ビビに連

絡を入れた。

 

当時、NEWTYPEのカメラは世田谷CREWと多摩CREWの間で頻繁に貸し借りされてい

た為に撮りたいときに何時でもカメラがあるとは限らなかった上に、そんな状況の中で

まだ出来るかも分からないトリックの撮影の為だけに徹くんや赤地くんを呼び出して撮

影をお願いするのはどうしても気が引けた。

 

それに対し、666の時から気を使う事無く撮影に明け暮れた仲間のビビなら、僕自身

も気負う事無く撮影に集中出来る、そう思ったからだ。

 

「で?何やるつもりなんだよ?」

 

翌日、等々力公園に集まるとビビは抑える事無く、早速そんな疑問をぶつけて来た。

 

「ノーリーハーフキャブヒールからのスイッチバックサイドノーズグラインドだ

よ!!」

 

自信満々に僕がそう答えると、しばらくその呪文の様なトリック名を頭の中でシミュレ

ーションし直したビビは、今まで見た事も無いくらいに目を見開くと、

 

「ま!!まじで!!そ、それ新しいし、お前なら出来そうじゃん!!」

 

そう言うと、興奮した様子ですぐさまカメラの準備をし始めた。

 

この時、ビビが僕がやりたいことをすぐに理解し、さらに僕が頭をひねりにひねり導き

出した答えが間違っていなかった事を分かりやすいリアクションで返してくれた事に、

僕の気持ちも一気に高まった。

 

(ビビに頼んで良かった!)

 

こうして、アメリカから遠く離れたへんぴな公園の片隅で人知れず、しかし世界を揺る

がすべく高い志を胸に秘めた僕らのチャレンジは最高のモチベーションで幕を開けた。

 

「晋!いつでもいいぞ!!」

 

等々力公園のカーブボックスの前で姿勢を低くしカメラを構えたビビが真剣な顔で声を

上げた。

 

(よし!!やるぞ!!)

 

世界でまだ誰も踏み込んだことのない領域に踏み込もうとしている興奮と緊張を必死に

抑え、1度大きく深呼吸し気合いを入れると、僕は今まで頭の中でイメージして来た動

きを信じ迷う事無くカーブボックスに向け力強くプッシュした。

 

スケートボードの難しさはまさにこの瞬間にあった。新たな発想をイメージする力とそ

れを現実に自分の身体を使って表現する力、その両方が同時にバランス良く発揮されな

ければ新しいトリックをメイクする事は不可能なのだ。

 

考える事は出来てもメイク出来るとは限らない。逆に考えなければ新しいトリックは生

まれない。たよりになるのは自分だけ、出来ても出来なくても最悪怪我をしたとしても

誰のせいにも出来ないのだ。そしてそれこそがスケートボードの1番の魅力であり、僕

の心をつかんで放さない最高の瞬間だった。

 

カン!!ガシャン!!  カン!!ガシャン!!

 

最初の何回かはやはり初めての動きでもあり、そこに踏み込んで行こうという気持ち

と、実際の感覚のはざまで恐る恐る様子を見る様な感覚から始まった。

 

しかし、4回5回とトライを重ねるごとに少しずつその新しい動きにも慣れ、徐々に集

中力が高まってきた。

 

とは言え、僕のひねり出した複合技は思った以上に複雑でとんでもない集中力と冷静さ

を要する物だった。

 

縁石との距離を見計らいノーズを叩く、そして完璧な動きでノーリーハーフキャブヒー

ルをするべく後ろ足を蹴り出し、しっかりと軸足でキャッチしたのを確認してから、す

ぐさま意識を蹴り出した足に戻し縁石に向けて体全体で踏み込む。一瞬にしていくつも

ポイントに意識を変換させていかなければならない上に、蹴り出す角度と重心が少しで

もずれたら縁石に乗り上げまくられるか、縁石を踏み損なって前のめりに転んでしまう

のだ。

 

あまりにも瞬間的に行なう動きが多く、感覚的な間合いを信じ、リスクを覚悟で踏み込

む勇気が必要で、その2つが集中力の元、冷静に行なわれなければメイクは不可能だっ

た。そのトリックは勢いとスピードだけでは到底メイク出来る種類の物では無かった。

 

そんな感覚を身体で感じながらも10回15回とトライを重ねて行く中で僕の集中力は

次第に今まで感じた事ないトランス状態の様な不思議な領域へと踏み込み始める。

 

最初、ビビと自分とカーブボックス以外の周りの背景が完全にシャットアウトされ、次

にビビの存在までも意識の中から消え始めた。そのうち時間の感覚もなくなり、トライ

している瞬間と同じ高い集中力が終止静かに僕の周りを支配し始めた。

 

それはまるで別次元にでも居る様な感覚だった。例えるなら映画「マトリックス」の覚

醒状態にも引けを取らない異様な高揚感と静寂が交差する世界だった。

 

20回25回、そんな時間の流れまでもがゆっくりと感じられる中で一瞬で行なわなけ

ればならない様々な作業がゆっくりとスローモーションに見えるようになったと思った

次の瞬間だった。

 

カン!!カキン!!ガーーー!!

 

(!!!!!!)

 

あまりにも突然の出来事に数秒の静寂の後、やっとの思いで我に帰った僕は気が付けば

カーブボックスを通過ししっかりとデッキの上に立っていた。

 

自分でトライしておきながらあまりに集中しすぎて何が起きたのかしばらく分からない

程、頭の中が真っ白になった僕は正気を取り戻そうとすぐにビビに視線を向けた。彼も

また一瞬の出来事に驚きを隠せない様子でこっちを見ていたが、彼の持つカメラだけは

全てを目撃していたかのようにしっかりと僕の方を向いていた。

 

「お!?お〜!?お〜〜〜〜!!」

 

極限の集中力の世界からゆっくりと現実世界に解放された僕に次に溢れ出したのは今ま

で難しいトリックをメイクした時のどんな興奮をよりも遥かに大きな高揚感だった。

 

思わず声を上げるとビビも今、目の前で起きた事をやっと頭で理解出来たと言う表情と

同時に今まで見た事も無い程に目を見開き全身で興奮をあらわにした。

 

「やっ!!やべー!!!!メッ!!メイクしやがった!!!」

 

「うお〜〜〜!!!」

 

僕も興奮を隠す事無くビビのもとに駆け寄るとハイタッチをする間もなくすぐさま今起

きた出来事を確認しようと地面に這いつくばり2人でカメラのフレームを覗き込んだ。

 

まだバクバクした心臓の鼓動を必死で抑え、ちゃんと撮れている事を祈りつつビビが再

生ボタンを押すとそこには、頭の中で必死に考えイメージしていた通りの動きを完璧に

こなしメイクしている僕がハッキリと映し出されていた。

 

「バッチリ撮れてる!!やったぜビビ!!」

 

メイクしたトリックをカメラマンとチェックする、それはスケーターにとって最も幸せ

な瞬間なのだが、この時の高揚感と充足感はそんな撮影の中でも遥かに別格なものだっ

た。

 

ビビと公園全体にまで響き渡る程のハイタッチを交わし、僕らは遂に手にした世界でま

だ誰もメイクした事の無いそのトリックをその後何度もリピートし、その高揚感に浸り

続けた。

 

「よし!これならNEWTYPEのトリを務める事が出来る。」

 

僕の中に溢れていたのはそんな世界の最先端を更新出来た喜びとNEWTYPEのトリに対

する責任を果たせそうだと言う安堵感だった。

 

常に自分を越えて世界水準を視野に進化していく事を目指すと言う僕のスケートスタイ

ルはこの経験をきっかけにこの後、少しずつだが確実に確立していくことになる。

 

何はともあれ、世界でまだ誰も見た事のないトリックと言う飛び道具をひっさげ、僕の

初めてトリを務めるNEWTYPEの3作目「LITTLE PHAT」の撮影は無事終了した。

 

だが、このトリックがビデオリリース後、僕とクリスの関係を一気に縮め、さらに当時

日本だけではなくアメリカ以外の全ての国のスケーター達がリンク不可能だと思ってい

たあり得ない奇跡的な流れを生み出す事になるとは、僕自身まったく予想すらしていな

かった。

 

ただひたすらスケートのトリックに夢中になり、遂に世界でまだ誰もメイクした事のな

い世界水準のトリックへと到達した高校1年冬の話である。

 

 

メガネとオタクとスケートボード〜第2章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第3章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第4章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第5章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第6章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第7章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第8章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第9章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第10章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第11章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第12章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第13章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第14章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第15章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第16章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第17章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第19章〜

希望の光<メガネとオタクとスケートボード〜第17章〜>

<希望の光>

 

「おい!!晋!!秋のアクティブコレクションにまたクリスが来るぞ!!しかも今回は

1週間の滞在だ!!滞在中晋と東京のスポット一緒に回りたいって今クリスから連絡が

来たぞ!!」

 

NEWTYPEの影響で、突然多くの見知らぬスケーターから日々ジャッチされ噂される事

に、心をさいなまれながら窮屈なスケートライフに辛さと息苦しさを感じ始めていた

中、突然福田さんから届けられたクリスからの伝言は、僕の閉ざされた心に一筋の光を

与えてくれた。

 

それは、ちょうど高校1年の夏休み、NEWTYPEの3作目「LITTLE PHAT」の撮影のま

っただ中の出来事だった。その頃の僕は周りの雑音を遮る様に撮影に没頭し、見られる

事や噂される事に心を病みつつも、それでも僕の心を唯一自由にしてくれるスケートボ

ードと自分との対話にストイックな程にのめり込んでいた。そしてそんな撮影は自然と

「まだ世界で誰もやっていない最先端のトリックをメイクしたい!」と言う方向へと向

き始めていた。最初、僕らは当時世界のスケートシーンを進化、牽引し続けていた

WORLD系のビデオを必死で追い続け、新しいトリックがビデオに登場する度にいち早

くそれをメイクし自分の物にしていったのだが、気が付けばそれを続けているうちに僕

らのスキルは少しずつだがアメリカの進化のスピードに追いつき始めていた。「技術」

と言う部分だけで言えば、その発想は本国のトッププロと限りなく近い所まで来ていた

と思う。もしかしたら自分の得意技を活かせばアメリカのビデオでもまだ見た事の無い

トリックがメイク出来るんじゃないか?僕の気持ちはその一点に注がれる様になってい

た。

 

外から見られる事のプレッシャーと戦いながらも、スケートに没頭しさらに上を目指し

たいと言う、高一の眼鏡オタクにはあまりにも酷過ぎる状況と消化しきれない感情を胸

に、モチベーションの持ち方すら難しくなり始めた僕にとって福田さんから来たその連

絡はまさに天の救いだった。クリスとまた滑れる!それは当時の僕にとってスケートを

本気で続けていくのに十分すぎる程大きなモチベーションを与えてくれた。僕の心には

ちょうど1年前にクリスと出会い過ごしたわずかだが貴重な体験が昨日の事の様に鮮明

に蘇っていた。

 

その日以降、僕はクリスと何処に滑りに行こうか?そのシミュレーションばかりしなが

ら過ごした。前回はアクティブコレクションの会場の周りでのほんのわずかな時間のセ

ッションだったにも関わらず彼と共有したその時間は何よりも色濃く僕の心に刻まれて

いた。それに対し、今回は3日間のアクティブコレクションの後、どんなに少なく見積

もっても丸々2日間はクリスとスケートスポットでスケートが出来るのだ。それだけで

もう僕の憂鬱な毎日は一気に輝き出すのだった。

 

そして福田さんの連絡から2ヶ月後。遂にクリスが来日しスケートスポットに繰り出す

日がやって来た!アクティブコレクション期間中はクリスも母親のアパレルブランド

「T-BAGS」の手伝いをしていたので僕も出来るだけ邪魔をしない様に軽い挨拶とラン

チを共にする程度で必死に高まる気持ちを抑え過ごした。

そう、今回は焦る必要は無い。この後クリスと滑る時間はたっぷりと約束されているの

だ。

 

その日、僕らは地元のスケートショップM&SMITHで落ち合う約束をした。はやる気持

ちを抑えきれず1時間以上も前からみやこさんとお店で待っていると、ロングへヤーで

アクティブコレクション中よりもさらに解放された自由なオーラを身にまとったクリス

が福田さんとクリスのお父さんと笑顔でやって来た。

 

「晋!!待たせたね!!!今日からは自由にスケートが出来るよ!!」:英語

 

彼は嬉しそうにそう言った。クリスと出会って以降特に英語を勉強した訳でもないの

に、彼が何を伝えたいのかだけは不思議と理解する事が出来た。再会後2人の間にはあ

の日セッションを共にした時と同じ距離感と関係性が1年の時間等無かったかの様に瞬

く間に蘇っていた。そして一緒にスケートをすると言う共通の目的があった事もまた言

語の壁を感じさせない大きな要因になっていた事も間違いなかった。ただ、その時それ

以上に不思議だったのが地元のスケートショップにクリスが居ると言う事だった。確実

に以前より僕らの関係が親密になっている事をその場の環境が物語っていた。初めてク

リスに出会った時のそれとはまた違う不思議な感覚に僕の気持ちはさらに浮き足立っ

た。

 

「ヨー!晋!!早く滑りに行こうぜ!!」:英語

 

僕がそんな不思議な感覚にぼんやりしているとクリスがすかさず早く滑りに行こうと誘

って来た。

 

「OK!!! Let`s GO TODOROKI !!! GOOD SPOT !!!!」

 

そう等々力はクリスが来たら絶対に連れて行きたい場所、そして連れて行かなければな

らない場所だ!僕の普段のスケートライフにクリスがゲストとして参加する、何度もシ

ミュレーションはしていたが、僕はこの時改めて今回の機会に心から感謝した。

 

早速、僕らは福田さんのバンに乗り込み等々力目指し車を走らせた。クリスのお父さん

もお母さんのマーケティングの付き合いで街のショップを巡るよりこっちの方が楽しそ

うだと踏んだのか何食わぬ顔で同乗して来たのには少し驚いたが、彼の家族はクリスが

スケートをする事に理解を示し応援していた。そんな環境もその当時の日本ではありえ

ないもので、その自然な関係を僕はうらやましく感じた。

 

等々力に到着すると、僕同様クリスとのセッションを心待ちにしていた等々力ローカル

が最高のテンションで僕らを迎えてくれた。クリスはそんな彼らに丁寧に挨拶すると瞬

く間にその場の雰囲気にとけ込んでいた。クリスはやはりどの国のどの場所に行って

も、去年僕となんの壁も持たずにセッションしてくれた様に自然とその場の空気を自由

な雰囲気に変える素晴らしい力を持っていた。

 

夢の様な雰囲気の中、僕らのセッションは始まった。クリスのあの誰よりもハイスピー

ドで勢いよくセクションに突っ込んで行く生の滑りに自然と僕たちの滑りにも力が入っ

た。しかし、そのパワーは決して他の者を威圧したり排除したりする様な種類のもので

はなく、逆に彼が身を持ってスケートの可能性を押し広げながら僕らを引き上げてくれ

ている、そんな感覚だった。

 

とにかく、僕らはそんなスペシャルな時間を心から楽しんだ。しばらく滑っていると、

クリスがフラットバンクの前に立ち何やら考えているのが目に留まった。その余りにも

真剣な姿が気になり駆け寄ると彼はとんでもない事を言い出した。

 

「晋!このバンクを使ってこの植木を飛び越えたヤツいるか?」

 

それはフラットバンクが動かない様にする為に寄せたバンクと同じ高さの植木の事でそ

の幅は8m近くあり、バンクからその植木を全部飛び越そうなんて発想はローカルの僕

らでも考えた事も無いものだった。

 

「いや、、クリス、、不可能だよ!」:英語

 

どう考えてもそれは人間の能力の限界を遥かに越えているとしか思えなかった。

だが、思わず口をついて出たその言葉にクリスはびっくりするような反応を示した。

 

「不可能? じゃあ俺が可能にしてやるよ!!」:英語

 

いつもの優しい笑顔でニコっと笑うと彼はおもむろに公園の反対隅の奥まで行き、そこ

から迷う事無く今まで見た事も無い様な力強いプッシュでバンクをめがけフルスピード

で突っ込んで来た。

 

どう考えても向こう側まで飛び越えられるとは思えない、そんなチャレンジに彼はなん

の迷いも無く突っ込んで行く。それはもうスケートと言うよりスタントの領域だった。

そのチャレンジをそこに居たスケーター全員が固唾を呑んで見守った。

 

(バチーン!!!)

 

今まで聞いた事の無い様なテールのヒットする音と共に彼は見た事も無い高さの軌道を

描き植木の向こう側まで凄いスピードで飛んで行った。

 

「う、、、うお〜〜〜!!」

 

そこにいた誰もがその軌道の高さと迷いの無いオーリーにうなり声を上げた!しかし次

の瞬間やはり最後の最後で植木を越えきれず空中分解したクリスがさらに聞いた事も無

い様な音と共に植木の向こうに姿を消した。

 

(ズザザザザッー!!!)

 

「、、、、、、、、、」

 

それは世紀のスタントが失敗した瞬間を目の当たりにしてしまったかの様な感覚だっ

た。そこいた誰もがその衝撃に固まり、時間が止まったかの様な静寂がその場を包ん

だ。クリスの安否を心配する僕らの視線が一斉に植木の向こうに注がれる中、しばらく

の緊張した沈黙に終止符を打つかの如く植木の向こう側からクリスの頭がすっと現れた

かと思うと、軽やかに振り返り満面の笑顔で親指を高く上げると、

 

「出来る!!」:英語

 

と彼は高らかに声を上げた。

 

「すっ!!!すげ〜〜〜!!!」

 

男気満載のクリスのその姿に、メイクするしないを遥かに越えた大きな感動に包まれた

僕らは思わず彼に答える様に大きな叫び声を上げた。

 

すぐさま、リトライしようとクリスがデッキを取り上げると、それを見ていたクリスの

父親が静かに彼に歩み寄ると何やら真剣に語りかけはじめた。そんな状況に僕らは最

初、あまりにも危険すぎるトライに思わず父親が止めに入ったのかと思ったが、落ち着

いて父親の話を聞いていたクリスはニコリと笑い、頷くと父親とハイタッチをし、颯爽

と公園の反対隅のスタート地点へと戻って行った。驚く事にクリスの父親は彼を止める

どころか彼に対し今のトライが成功しなかった理由を自分なりに分析しアドバイスをし

ていたのだ。

 

その後、クリスは何度となく鬼ゴケを繰り返しながらも限界すれすれのトライを繰り返

した。そしてその間ずっと彼の父親は腕組みをし、セクションのすぐ脇で彼の勇士を静

かに見守っていた。

 

結局、クリスのトライはメイクする事なく幕を閉じたのだが、僕らにとってその光景は

カルチャーショックとして強く心に刻まれ、スケートボードと言う文化に対するアメリ

カの懐の深さをクリス親子からまざまざと見せつけられた気がした。帰りの車の中でも

クリスの父親はクリスに「もっとああした方が良い!」とか「お前はこういうスケータ

ーになれ!」みたいな事をしきりに話していたが、クリスはそんな父親に言い訳ひとつ

せずにこやかに話を聞いていた。

普通ならそんな父親のおせっかいに反論したくなってもおかしくないのに、クリスには

それをさりげなく受け流す余裕と自信、そして何より家族に対するリスペクトがあっ

た。僕はそんな彼の姿に改めて尊敬の念を抱かずにはいられなかった。

 

そして、もう一つ僕が衝撃を受けたのが彼のスケートに対する向き合い方だった。

 

彼は、本当にいつどんな環境だろうがスケートボードに乗るときは常に全開でのぞんで

いた。カメラが回っていようが、回っていなかろうがそれは彼にとってはたいした問題

ではない様に思えた。そして彼にとってスケートボードとは自分自身やスケートボード

の可能性の限界を越える事と同意義であり、そこにはそれ以外の不純物は一切含まれて

いなかった。「自分の中の限界を超える」それこそがスケートボードであり、全ての初

期騒動。そんなスケートライフが余りにも自然になされている事に僕は去年一緒に滑っ

た時の感動と衝撃の本質を改めて再確認させられた気がした。

 

「僕は、今まで一体何をそんなに気にしていたのだろう?」

 

彼の背中は、ここ最近周りの視線ばかりに気をとられ忘れかけていた、スケートボード

に初めて乗った時に感じたあの純粋なわくわくを強烈に思い出させてくれるものだっ

た。スケートが好きだから乗っている。スケートの可能性に見せられたから今ここに居

る。誰かの為に滑ってるんじゃない。もっと思うがまま自由になれ!!それがスケート

ボードだ!!彼の自然な行動が僕にそう語りかけている気がした。

 

そして、むしろそれこそが周りの人間を感化し魅了するプロスケーターの本当の姿なの

かもしれない。僕にはまだまだ様々な疎ましい出来事を全て力に変え、周りの全てを自

分の自由なスケートで変化させ魅了する事は出来ないかもしれないが、クリスのその背

中が僕に大きな夢と希望を与えてくれた事だけは間違いなかった。

 

気が付けば、僕の心の中を厚く覆っていた暗雲はクリスのフルプッシュの風に煽られる

様にかき消され、清々しい程に晴れ渡っていた。

 

そんな強烈な等々力セッションの翌日も僕らは落ち着く間もなく共にスケートスポット

に繰り出した。そこは、当時都内のメッカとして90年代前半を支えたジャブ池や高井

戸に変わり、スケートの進化と時代の流れに合せるかの様に秋葉原の駅前に突如として

出現した広場で、ジャブ池や高井戸が路面の悪さから廃れ始めた中に現れた新たな東京

の聖地として、瞬く間に注目され始めた場所だった。

 

路面の良さ、高めの花壇に適度な縁石に障害物。その広場が出来てから1ヶ月もたたな

いうちに、そこには多くのスケーターが集まる様になっていた。等々力ローカルや

NEWTYPEも秋葉原の広場に足しげく通い始めた頃で、そんな最も熱い新しいスポット

にクリスを連れて行きたいと思うのもまた自然な事だった。

 

その日もやはりクリスは昨日同様、むしろ昨日の出来事など無かったかの様に、全力で

スケートボードと向かい合っていた。彼の中には、昨日あれだけやったから今日はこの

位で良いなどと言う思考など1ミクロンも働いていない様に見えた。常に彼を動かして

いるのはスケートに対するわくわく感、それだけだった。スケートを始めてからトップ

プロスケーターに上り詰めた今でも尚、彼を突き動かしているのはその初期衝動のみ

で、その熱は何時いかなるときでも冷めることなく、むしろ日々大きく膨らんでいると

しか思えなかった。

 

その日、僕はそんな彼の尽きる事のない熱意の後押しを受け、今まで気にしていた疎ま

しい出来事を全て置き去りにする様に何時もの何倍ものスピードでプッシュし、夢中で

スケートボードが与えてくれる自由な開放感を身体全身で浴びる様に感じた。

 

晋!それで良いんだ!今の自分を追い抜く様にぐんぐんスピードを上げるデッキの上で

僕の全身の細胞がそう言っている気がした。急激な環境の変化であまりにも周りのもの

に気を取られ、忘れていた感覚がみるみるうちに身体の底から沸き立ち、蘇ってくるの

を感じた。僕が探していた答えは思った以上に近くに、いや僕が混乱している間もなお

僕の目の前に、そして僕の心の中心にしっかりと存在し、僕自身がそれに気が付く事を

ずっと待っていてくれた。

 

答えは外ではなく中にある。

 

この先、まだまだ多くの変化に戸惑い迷う事が続いていく僕だったが、この時身体で感

じた答えがこの後、迷い折れそうになる僕の心を支え、その度に僕をあるべき場所へと

戻してくれるのだった。

 

そんな目には見えないが、何よりも大きな変化をもたらしてくれたクリスとの生活もい

よいよ終わりを告げようとしていた帰国前日の最終日。僕は改めて福田さんに呼ばれ、

エムスミに居た。

 

しばらくすると福田さんとクリスがこっちにまで伝わる位の真剣な面持ちでやって来

た。クリスの今まで感じた事の無いそんな雰囲気に、一瞬にして今までの夢心地は吹き

飛んだ。

 

「ど、どうしたんですか?福田さん?改めて?」

 

そう質問する僕の心の中には1年前、クリスが帰国する前に僕に言った言葉が蘇ってい

た。1年たった今でもクリスはあの時と同じ気持ちでいるのだろうか?期待と同時に、

あの時と同じ戸惑いが僕の頭をよぎった。

 

「おう!晋!クリスが改めて晋に話したい事があるって言うから聞いてやってくれ

よ!」

 

そう言うと福田さんはクリスに直接僕に語りかける様に促した。緊張したクリスは一歩

前に出ると1度深呼吸をしてから何時もの優しいトーンで僕にこう告げた。

 

「晋!一緒にアメリカに来ないか?」:英語

 

僕の予感は的中した。前回の連れて帰る騒動の時とは違い、今回クリスから直接アメリ

カ行きを誘われた僕は、抑えきれない興奮と同時に戸惑いを隠す事が出来なかった。そ

んな動揺した僕に少し不安な表情でクリスは返答を待っていた。

 

「クリス、ごめん。俺、高校があるから、、、」

 

一年たった今でもクリスが僕のスケートを見込んで直接そう言ってくれた事は何よりも

嬉しかった。しかし、それでも僕には高校生活を捨てアメリカに単身渡る事などどう考

えても出来っこ無かった。気持ちだけで言えば、すぐにでもクリスに着いてアメリカに

渡り向こうのトッププロスケーターと共にスキルを磨き、自分もプロになりたいと言う

思いは誰よりも強いはずだった。彼から伝わって来るアメリカのスケートボードと言う

文化にどっぷり浸かってみたいと言う気持ちもあった。でもその反面、ここは彼らが育

った様なスケート文化に対する寛容な受け皿など存在しない日本である事実が強烈に僕

の気持ちをそんな夢の様な世界から引き戻すのだった。

 

高校中退、親の反対。現実的に考えれば考える程、その淡い希望は非現実的なもので、

残念ながら今回もそれらを蹴散らしアメリカに飛び出す勇気は僕の中には存在して居な

かった。

 

クリスに対する申し訳ない気持ちと情けない気持ちに押しつぶされ、僕はクリスの顔を

見る事が出来ないままうつむいていると、そんな僕の返答までをも想定して居たかの様

に変わらず優しいトーンのままクリスが僕に語りかけてきた。

 

その内容の全部は僕には理解出来なかったが、クリスのトーンから決して悪い話ではな

い事だけは感じ取れた。

 

恐る恐る顔を上げると、にこやかにクリスは自分が話した内容を通訳する様に福田さん

に頼んだ。

 

「晋!今クリスが言った事訳すぞ!!クリスはアメリカに来ればお前はプロになれるっ

て言ってる。でも高校が大事なのも分かるし、晋のその判断も決して間違ってないって

さ!でもクリスはまだ諦めてないみたいだぞ!まだ内緒なんだけど、近いうちクリスは

新しいプロジェクトを始めるんだ!次はそのプロジェクトの連中みんなで半年もしない

うちに必ず日本に来るから、その時また話そうって言ってるぞ!!」

 

2度も彼の誘いを断ったにも関わらず、クリスはそれでも僕のスケートボーダーとして

の才能を信じ、かなり水面化で動いているプロジェクトの話までしてくれた。

 

「スケートに乗り続けろ!!晋!!」:英語

 

クリスは最後にそう言うと、ガッチリと僕と握手を交わしアメリカに帰って言った。

 

彼との関係はどんなに僕がアメリカ行きを拒もうがまるで逆らう事の出来ない運命の様

にゆっくりだが確実に前に進んで行くのだった。そして、彼が来る度に僕はスケートボ

ードの素晴らしさに深く魅了されて、大きな希望に包まれるのだった。

 

クリスの帰国後、彼が新しいスケートブランドを立ち上げた事を知るのはそれから3ヶ

月後の事である。だが、まだ僕はこの流れの先にとんでもないチャンスが待っている事

など知る由もなかった。スケートを始めて2年半、様々な変化の中、自分を見失いそう

な心に強い光が差した、ある秋の話である。

 

 

メガネとオタクとスケートボード〜第2章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第3章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第4章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第5章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第6章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第7章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第8章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第9章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第10章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第11章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第12章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第13章〜

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メガネとオタクとスケートボード〜第15章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第16章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第18章〜

一変した環境と注目の裏側<メガネとオタクとスケートボード〜第16章〜>

<一変した環境と注目の裏側>

 

「お前本当にすげえヤツなんだな!!最初、こいつ絶対嘘つきだと!と思ったぜ!!」

 

それは高校に入学してすぐの出来事だった。急に態度を変え、突然馴れ馴れしく近づい

て来る同級生に僕は戸惑いを隠す事が出来なかった。

 

スケートの世界にとことんハマり始めたその頃の僕にとって、高校進学に対する捉え方

はすでにかなり特殊なものになっていた。中学受験で死ぬ程勉強し、幸いにも失敗した

僕はそのお陰で公立の中学で尚と出会い、スケートボードと言う学校の枠を遥かに越え

た最高の冒険を手に入れた訳だが、だからこそもうこれ以上、受験勉強でスケートに乗

る時間を邪魔されるなんて事は、当時の僕には到底受け入れる事が出来なかった。しか

し、だからと言って中卒で社会に飛び出してしまう程、僕は勇気ある人間では無かった

しスケートが無ければ悲しいかな眼鏡でオタクと言う何処にでも居るイケてない中坊以

外の何者でもなかった。

 

結局、高校受験に対して僕が消去法で導き出した答えは、今の学力で入学出来る「推薦

枠」というものだった。僕にとっては受験勉強をせずに高校へも行けると言うのがこの

作戦の最大のメリットだった。さらに高校選びも行ける高校の中に尚兄が通っていた高

校があった為、深く考える事もなく「あ!いいじゃん!」と言う簡単な理由で決めてし

まった。

 

思い起こせば、最低限の社会性を保ちつつも全てをスケート中心で決めて行くと言う、

なんとも尖りきらない僕のバランス感覚が生まれたのはちょうどこの時からだろう。ス

ケートに陶酔する為にはどうしても対局の柱がもう1本必要だった。

 

何はともあれ、僕は勉強する事無く高校に進学したのだが、この時自分が思っている以

上に学校以外の世界にどっぷり浸かってしまっている事を思わず痛感させられる事とな

る。それは入学当日の自己紹介のときから始まった。入学式には必ず自己紹介と言う今

後の学生生活を左右する大きな行事が否応無く設定されているのだが、その中には「趣

味」と言う自己主張を得意としない日本文化には余りにも安易でハードルの高いおせっ

かいな項目が付いて廻る訳で、自己紹介をする当人にとってこんな迷惑でセンシティブ

な項目は無かった。そして大体の生徒は「趣味はありません。」と言う、もっとも角の

立たない方法でそんなおせっかいを回避するのだが、中学入学当初、「嘘つき眼鏡」と

してクラスに嫌われたトラウマを持つ僕はこの項目の重要性を誰より痛感していたはず

だった。スケートと出会った後も、学校にはスケートの世界や繋がりと同等の刺激や期

待を決して求めない事で中学生活をそつなくこなして来た僕だったが、そんな僕がこの

時なぜかそんな大事な自己紹介で「趣味」の項目に「スケートボード」を入れてみたい

と思ってしまった。僕は時折、自分でも理解しがたいおかしな反骨精神に煽られる時が

ある。「趣味はありません。」確かにそれは最もアンパイな答えだが、そんな余りにも

逃げ腰で当たり障りの無い安易な答えを出す事に対して何故か強い抵抗を感じた。逆を

返せば、そんなここでの自己主張はもともと高校生活に何も期待していないが故の捨て

身のチャレンジとも言えた。

 

「どうも。名前は岡田晋です。え〜、と趣味はスケートボードでプロ目指してやってま

す。最近スポンサーも付いてかなり頑張っているのでもしスケートしている人が居たら

声かけて下さい。」

 

そんな僕の自己紹介に一気にクラス中がざわめき立つのが教壇の上から手に取る様には

っきりと感じられた。

 

結局、その実験で分かった事は本気でスケートをしているヤツがクラスには居ない事。

そしてそんな余りにも学生生活のフォーマットからかけ離れた自己紹介と僕のビジュア

ルのギャップにクラスのみんなが戸惑い、そのベクトルは「にわかにあいつの言う事は

信じられない。」と言う方向に傾き始めていると言う事だった。

 

しかし今回の捨て身の自己紹介には、中学時代「嘘つき眼鏡」と呼ばれた時のそれとは

明らかに違う点が1つだけあった。それは、誰が疑おうがそんな僕の自己紹介には嘘等

一つも無かったと言う事だった。

 

そんなクラス全員を動揺させた入学式の翌日、さらにみんなを動揺させる出来事が起こ

った。帰り道が一緒と言うだけでなんとなく仲良くなった友達と昼飯の弁当を開けたそ

の時、下町出身で明らかに今後クラスの番長になるであろうキャラのクラスメイトがか

なり焦った様子で僕の所に飛んで来た。

 

「お!おい!!岡田!お前何しでかしたんだよ!!先輩が4人も来てお前の事呼んでる

ぞ!!」

 

彼の表情には明らかに学校特有の上下関係からくるトラブルを予感した不安がにじみ出

ていたが、早い段階からそんな世界から逸脱していた僕にはまったく縁もゆかりも無い

話だった。

 

「え?なんだろう?俺何にもしてないけどな?」

 

内心「めんどくさい事にならなきゃいいな。」と思いつつ、廊下に出ると特に強面でも

ない先輩らしき生徒が4人緊張気味に立っていた。

 

「あ、どうも、どうしたんすか?」

 

その風貌に少し安心した僕がそう言うと、どぎまぎした様子でその中の一人がこう切り

出して来た。

 

「お、お前、岡田晋?スケーターの岡田晋?」

 

明らかに少し遠慮気味にだが、校内という手前かなり無理して「お前」を使っている先

輩。そして「スケーターの岡田晋」と言うフレーズに僕も一瞬戸惑いつつも、すぐに彼

らの足下に目を向けると、彼らは全員スケシューを履いていた。さらに彼らのスケシュ

ーにはポーザーではない、オーリーですり切れたリアルスケーターの証しが刻まれてい

た。

 

「あ、そうですけど。。」

 

僕がそう言うと、彼らの目が一気に輝き出し、高まる気持ちが全身から溢れ出すのが分

かった。

 

「うお〜〜!!すげ〜〜〜!!地元の友達からうちの学校に岡田晋が入って来るって聞

いたから、1年のクラス端から全部回ってたんだよ!!うわ〜〜!!やべ〜〜!!」

 

もうその会話は完全に校内で先輩とやりとりされる種類のものでは無かった。一瞬にし

て僕らの周りだけ、普段僕が本当の居場所として心を開くスケートスポットでのスケー

ター同士の会話と雰囲気が広がった。

 

「NEWTYPEのビデオ観たよ!!ヤバいね!!俺等も本気でスケートやってるから、も

し何処かで会ったら一緒に滑ってくれよ!」

 

彼らはめんどくさい先輩風等一つも吹かせず、終止スケーターとして僕に話しかけてく

れた。しばらくスケート談義に花を咲かせると、

 

「また、校内で会ったらスケートの話聞かせてよ!あ!あと、うちの学校変な先輩居な

いけど、なんかあったら何時でも言って〜!」

 

と最後の最後に頼もしい言葉を残し気持ちよく去って行った。

 

それは学校とスケートを完全に切り離し、学校にスケートを持ち込んだり期待しなで生

活して来た僕にとって初めてその2つが心地よく交差した瞬間だった。何処か照れくさ

いがなんとも言えない高揚感に包まれたのを僕は今でも覚えている。ほんの少しだが高

校に進学して良かったと思いつつ席に戻ろうと振り返るとそこにはこっちがびっくりす

る様な景色が広がっていた。

 

余りにもスケートの話に夢中になり気が付かなかったが、ふと見渡すとクラス全員が僕

と先輩との関係性に驚きと戸惑いをあらわにして固まったまま僕の事を見ていた。

 

学校の枠よりもスケートの広がりのある世界に身を置く時間の方が明らかに長かった僕

にとって、2〜3個年上の人はみんな普通に話せる友達だと思っていたし、10個以上

年上のスケーターの知り合いもまったく珍しくなく、みんなスケートと言う共通の好き

な事で繋がっていると言う空気感が当たり前になっていた。

 

しかし、それは学校や地域と言う枠の中だけで生活して来た同い年の彼らにとっては余

りにも理解しがたい雰囲気と関係性だったのだろう。

 

くしくも、この出来事がクラスメイトの僕に対する理解をさらに混乱させる事になる。

そしてそれは、僕にとってもスケートの世界と学校生活の埋めきれないギャップをさら

に色濃く痛感させられる結果となってしまった。

 

そんな、見た目は眼鏡でオタクのくせにスケートが上手いと言い張り、先輩がわざわざ

会いに来たかと思うとまるで同い年の様にフランクに話し出す理解不能の僕をみんなが

持て余し始めたちょうどそんな時だった。

 

朝一、昨日の撮影で体中筋肉痛の重い身体を引きずりながら登校すると、例の先輩の一

件で僕の所に飛んで来たクラスの番長とそれに共鳴する様に集まった4〜5人の平たく

言えばクラスの中心的なグループの一団が待っていたかの様に僕の席へと集まって来

た。

 

「お前本当にすげえヤツなんだな!!最初、こいつ絶対嘘つきだと!と思ったぜ!!」

 

「え?いきなりどうしたの?」

 

「お前が余りにも嘘くさい事言うから信じてなかったんだけどさ!先輩とか見に来るし

さ!地元のスケートしてるヤツら捕まえてお前の話し出したらみんなちょ〜すげ〜ヤツ

だって言うしよ!」

 

「俺なんかサイン貰って来てくれって言われちゃったよ!!」

 

突然、昨日までの関係とは明らかに違う態度で距離を縮めて来たクラスメイトに僕は戸

惑いを隠す事が出来なかった。ちょうどこの頃から、そんな中学生活ではあり得なかっ

た奇妙な状況が僕の身の回りでは頻発し始め、そんな状況に僕は段々と押しつぶされて

行くのである。

 

そして、それらは全て、高校入学の数ヶ月前にリリースされたNEWTYPEの2作目

「Phuckable Peeples」の反響から始まった。僕にとってNEWTYPEに入り初めてリリ

ースされたこの2作目は1作目以上の影響をスケートシーンに及ぼした。1作目でシー

ンにイノベーションを巻き起こし、全国のコアなスケーター達に瞬く間に広がった

NEWTYPEだったが、ちょうどのその後辺から、若者の間でスケートボードが急速に流

行始め、スケートブームの広がりと共にNEWTYPEの名前は今まで以上に多くのスケー

ター、ポーザーを含め広まっていった。

 

そんなスケートブームが今まさにブレイクすると言うタイミングに合せたかの様に2作

目「Phuckable Peeples」はリリースされたのである。この作品を境にNEWTYPEは国

内スケートシーンを牽引するスケートチームとして確固たる地位を確立して行く事にな

る。

 

時代の流れの最先端に躍り出たNEWTYPE。それだけにその反響からくる様々な変化は

決して良いものだけでは無かった。しかも、その期待高まる2作目に突如として登場し

た眼鏡野郎は否応無く、見るもの全ての話題の的となり様々な物議を醸し出す事は避け

る事の出来ない事態だった。

 

学校での先輩の一件はそんな中でもどれだけ優しく良い人達だったかを僕はこの先、嫌

と言う程知らしめられる事となる。

 

学校生活に関しては、結局、中学同様スケートを出来るだけ持ち込まない様に過ごす事

でクラスメイトとの関係も段々と落ち着きを取り戻し、みんなスケーターとしての僕を

理解しつつも一人のクラスメイトとして暖かく見守ってくれる様になった。それは僕に

とって何よりもありがたい状況だった。しかし、本当に意味で状況が一変し、最も動揺

を隠しきれなかったのは何より、子供ながら人生の全てを注いでいたスケートシーンの

中での事だった。

 

その変化はNEWTYPEの2作目がリリースされた直後からすぐに始まった。それまでは

大会等で本当に時たま僕の事を知っている人に会ったり、関東の近場のローカルスポッ

トレベルで「眼鏡で上手いヤツが等々力に居るらしい。」と言う噂が立つ程度で。むし

ろ僕はそんな噂を力に変えて「もっと上手くなりたい!早くプロになりたい!」と望ん

でいたのだが、ビデオのリリースと拡散のスピードは僕のそんなささやかなモチベーシ

ョン等まったく気にもしない様な勢いで広がって行った。そして、その反響は時代の流

れと期待高まる2作目のリリースと言うタイミングにより、何倍ものうねりとなり僕に

襲いかかって来た。

 

ただでさえ2作目から突如加入した新たなメンバーにスケーターは皆注目した。だがそ

んな注目の的になったスケーターは眼鏡のオタク面したガキんちょなのだ。それは、高

校の自己紹介でクラス中がざわめいた時のそれとは比較にならない事くらい、当時の僕

でも容易に想像がついた。

 

案の定、リリース以降、僕はどのスポットに行っても注目の的となった。そしてその注

目は「岡田晋とか言う眼鏡のガキは実際本当に上手いのか?」と言う、厳しいジャッチ

の目線と「眼鏡のくせに調子乗ってんじゃね〜よ!」と言う、いたずらに僕のコンプレ

ックスをあざけ笑う様な冷たい目線がそのほとんどを占めていた。さらにそんなDISに

も近い賛否両論は現場だけではなく、僕とは関係ない様々な所で繰り広げられ、風の噂

として僕の耳へと入ってくる様になった。

 

ビデオと言う媒体を通し急速に一人歩きし始めた「岡田晋」と言う名前といじり所満載

のビジュアル。それはヘイター達のかっこうの的となり、僕はまさにその餌食となっ

た。

 

「岡田晋」と言うスケーターの名前が急速に広がって行くのとは対照的に、僕はそんな

状況を受け止める事が出来ず、徐々にNEWTYPEや等々力ローカル、一部の心許せるス

ケーター以外には完全に心を閉ざす様になっていった。気が付けば僕にとって広がり続

けていたはずのスケートの世界は名前だけが一人歩きを始めた事により、とても狭く、

重苦しい物になっていくのだった。

 

そして、そんな消化出来ない悶々とした気持ちを僕は当時進行中だったNEWTYPEの3

作目、「LITTLE PHAT」の撮影にぶつけた。と言うより、僕はこんな重苦しい状況を打

破するすべを結局スケート以外には持ち合わせていなかった。意図せず、僕は様々な状

況から追い込まれる様に、そして逃げる様にさらにストイックにNEWTYPEの撮影にの

めり込んで行く事になる。

 

急激に変化した環境の中、気持ちを整理する間もなく加速し続けるスケートブームの渦

に飲み込まれていく自分。スケートと学校の埋めきれないギャップ以上に本当の自分と

スケーター岡田晋との埋めきれないギャップに僕の心は病み始めていた。「もっと上手

くなりたい!早くプロになりたい!」その一心でスケートと向かい合って来た僕が

NEWTYPEのリリースと共に初めて注目される事の裏側にある様々な影の部分に直面し

た高校1年の春の話である。

 

メガネとオタクとスケートボード〜第1章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第2章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第3章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第4章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第5章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第6章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第7章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第8章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第9章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第10章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第11章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第12章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第13章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第14章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第15章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第17章〜

海の向こうから来た男<メガネとオタクとスケートボード〜第15章〜>

<海の向こうから来た男>

 

「よ〜!晋!!お前、クリスって知ってっか?」

 

福田さんの口から飛び出した意外なこの一言が僕の人生をさらに決定付ける全ての始ま

りだった。

 

それは「Phuckable Peeples」の撮影が終わりリリースまで意外に時間が掛かっていた

そんな秋口の出来事だった。色々な事が少し落ち着いた僕はARIWALKのスポンサーの

一件で、福田さんの代理店へお礼を兼ねて挨拶に出かけた。

 

エムスミのオーナーみやこさんの旦那さんは元プロサーファーで当時サーフ系の代理店

を経営しており、みやこさんと共に僕の事を気にかけ様々な協力と後押しをしてくれて

いた。そんな中、彼の紹介でAIRWALKのスポンサーが決まった訳だが、彼の代理店に

お邪魔するのはこの時が初めてだった。

 

言われた通り恵比寿駅で電車を降り少し歩くと大きな五叉路の角に立派なオフィスビル

が見えて来た。そこはP.I.Cのオフィスとも比較的近かった為、僕は迷う事無く到着す

る事が出来た。それにその頃の僕はP.I.Cのお陰もあり中学生ながらいっちょまえに代

理店へお邪魔する事に対してそこまで緊張しなくなっていた、今考えると眼鏡のくせし

て小生意気なガキだ。

 

オフィスのインターフォンを鳴らすと気前の良いサーファー兄貴匂を全開にした福田さ

んと共にSEXMAXのなんとも言えない甘い匂いが僕を包んだ。

 

「お〜〜!!晋!!良く来たな!!!みやこが何時も世話になってるな!!」

 

どう考えてもお世話になっているのは僕の方なのに福田さんは何時でも、そう言って僕

を一人のプロライダーとして扱ってくれた。彼の前に立つと不思議とプロらしく居なけ

ればと言う凛とした気持ちが湧いてくる。僕はそんな福田さんがみやこさん同様大好き

だった。

 

とにかく、僕は福田さんにAIRWALKのお礼を言うと大会の優勝の話やNEWTYPEと言

うチームに入り、ビデオがもうすぐリリースされる事等、自分の活動を一通り報告し

た。彼は「俺はサーファーだからスケートの事は分からない!」と言いながらも僕の報

告を熱心に聞いてくれた。その後も、サーフィン業界の話やスケート業界との違い、共

通点、プロ意識について等、たくさんの元プロサーファーであり代理店社長ならでは視

点から、まだまだガキんちょの僕にも分かる様にたくさんの経験とアドバイスを福田さ

んはしてくれた。

 

彼とのそんな会話は僕にとってスケートだけではない「横ノリ」と言う広い視点を与え

てくれるとても貴重な時間だった。そんな熱い話が一通り終わりかけた時だった。突

然、福田さんが思い出したかの様におもむろに一人の外国人の名前を出して来た。

 

「あ〜そう言えば、晋よ〜!スケーターのクリスって知ってっか?なんかプロでも有名

なヤツらしんだけどよ〜。」

 

「クリスですか??どのクリスだろう??」

 

正直この時、サーファーの福田さんからクリスと言われても一体どのクリスなのか僕に

はいまいちピンと来なかった。そんな僕の様子に福田さんはデスクから資料を取り出し

さらに詳しい情報を伝えてくれた。

 

「え〜とな、、フルネームはクリス、、、クリス、、、クリス マコビッチ?」

 

僕は福田さんからの口から飛び出したまさかのフルネームに度肝を抜かれた。

 

「クリス マコビッチって?あの、Kris Markovichすか?」

 

Kris Markovichと言えば、当時世界を席巻していたアメリカのスケートカンパニー

world industriesの傘下にあるスケートチーム「101」の看板ライダーであり、スケー

ターとして物心が付いてからずっとworld industriesを追い続けていた僕にとっても彼は

今をときめくスター選手以外の何者でもなかった。その上、Kris Markovichは僕が憧れ

る徹くんの大好きなスケーターであった事もあり、world系のライダーの中でも特に思

い入れの強いライダーの一人だった。

 

「いや!福田さんその人凄い人っすよ!!その人がどうしたんですか?」

 

一体、Kris Markovichと福田さんにどんな接点があるのだろうか?僕の興奮と興味は否

応無くその一点に注がれた。

 

「あ〜うちの会社、クリスの母ちゃんがやってるT-BAGSって言うサーフアパレルの代

理店やってんだけど、あいつとは家族ぐるみで仲が良いんだよ。来月やるアクティブコ

レクションに母ちゃんがクリスも連れて来るって言ってるからお前一緒に滑ってやって

くんね〜かな?」

 

その申し出と話しっぷりに僕はさらにぶっ飛ばされた。アクティブコレクションとは当

時年2回、池袋のサンシャインで行なわれていた横ノリブランドの総合展示会の事で、

特設のスケートパークや海外からのプロライダーが来日する事から僕らライダーの中で

も一種のお祭り的なビックイベントだった。しかし、今回Kris Markovichが来日すると

言う情報はその時スケート業界の何処にも流れていなかった。

 

そんな突然のとんでもない激レア情報に興奮しないスケーターが居る訳が無く、しか

もその情報は僕にとってかなり身近でそしてまさかの福田さんから飛び出したのだ。

「一緒にすべってやってくんね〜かな?」と言う言い回しも、サーファーでありKris

Markovichの母親と仲が良い福田さんの立ち位置からしか絶対に言えない様なお願いだ

った。当時Kris Markovichと一緒に滑りたいスケーター等、世界中に一体どれほど居た

事だろう。

 

僕はそんな福田さんの申し出に、今まで節目節目で感じて来た人との繋がりや出会いの

不思議の中でも今回の出来事は遥かにレベルが違う事を直感的に感じた。

 

「も、もちろんですよ!!こっちがお願いしたいくらいです!!」

 

僕が興奮気味にそう答えると、福田さんは嬉しそうにニコリと笑い、

 

「じゃあ!クリスの事は任せたぞ!また近くなったら連絡するわ!!」

 

と言うと倉庫からT-BAGSのサンプルを抱えきれない程僕に手渡し、さわやかに送り出

してくれた。

 

その日以降、僕はクリスとの出会いを何度と無くシミュレーションしながら、その度に

興奮と不安にもみくちゃになりながらアクティブコレクション当日を待った。僕にとっ

て初めてダイレクトに触れる本場アメリカのトッププロスケーター、何度シミュレーシ

ョンしても結局現実的なシミュレーション等出来るはずもなかった。

 

そんな、妄想の日々が2週間程続いた後、遂に待ちに待ったアクティブコレクションの

当日はやって来た。その日、福田さんに言われた通り会場のサーフエリアに向う僕はす

でに到着前から脇汗全開、アドレナリン全開で明らかに挙動不審のまま会場地図を片手

に急ぎ足でブースとブースの間を脇目も振らずクリスの待っているブース目指し一直線

に突き進んでいた。

 

会場地図通り目印のブースを曲がると、目線の先に一団の外人グループが見えた。そし

て、その中に金髪でロングヘアーのビデオで何度となくリピートし、見続けて来たスケ

ーターの姿を僕は発見した!

 

「ク!!クリスだ!!」

 

今までブラウン管の中でしか見た事のなかった憧れのスケーターが今まさに立体の状態

で目の前に居る。僕はそんななんとも言えない不思議な感覚に興奮を抑えきれないま

ま、急ぎつつも恐る恐る彼らの元に近づいて行った。

 

「お〜!晋!!良い所に来たな!!おい!クリス!!こいつが話してた今日本で一番イ

ケてるスケーターの晋だ!!」

 

クリスには英語で話していたが、中学生ながら福田さんがNo1skater in japan!!と彼に言

ったのだけは聞き取れた。

 

(ちょっと福田さん!!俺、No1じゃないよ〜!!)

 

しょっぱなからとんでもなくハードルを上げられてしまった僕にその誤解を英語で訂正

する能力等ある訳もなく。とにかくつたない英語で自己紹介をするのが精一杯だった。

 

「ま、マイネーム イズ シン オカダ。ナイス トゥー ミーチュー」

 

ありったけの勇気を振り絞って僕がそう言うとクリスは笑顔で握手し、彼もまた分かり

やすい英語で自己紹介をしてくれた。だが、僕にはそれ以上言葉で彼とコミュニケーシ

ョンをとる事は不可能だった。クリスと彼の家族、そして福田さんが雑談する中、少し

気後れし始めているとそれに気付いたクリスが突然僕に声を掛けて来た。

 

「#$%##%#“%”#“ GO SKATE !!」

 

前半は何を言っているのか分からなかったが後半の「GO SKATE !!」と言う単語だけは

しっかりと聞き取れた。すると、それを見ていた福田さんがすぐさま彼の言葉を翻訳し

伝えてくれた。

 

「晋!クリスがこの周りでスケートしよう!って言ってるぞ!!一緒に行って来たらど

うだ?」

 

僕にはその誘いを断る理由など何処にも無かった。むしろ、スケートボードだけが僕と

クリスを繋ぐ唯一のコミュニケーション手段であり、そしてスケートを一緒にすること

こそが僕がクリスに望んでいた唯一の望みでもあった。

 

僕はクリスに「イエス!!!」とだけ良い、そのまま二人で会場を飛び出した。彼はハ

スピードでどんなステアーでもぶっ飛んで行く男気満載のスケーターだったが、意外に

もその性格はそんな彼のスケートスタイルとは対照的にとても穏やかで優しくとても面

倒見の良いナイスガイと言った感じだった。時折ジェスチャーを使いおどけてみせたり

しながら彼は僕の緊張を自然に緩めてくれた。初めて出会った本場アメリカのプロスケ

ーター、僕はそんな気取らない彼の姿にスケートの上手さだけではない高い人間性を感

じ、アメリカで生まれたスケートボードと言う文化にさらに強い憧れを抱かずには居ら

れなかった。僕も彼の様なスケーターになりたい!それは初めてスケートボードのビデ

オを見た時の衝動をさらに色濃く僕のDNAに刻み込む出来事だった。

 

とにかく、外に飛びだした僕らはサンシャインの周りの滑れそうな場所をプッシュで廻

りながら夢中でセッションをした。生で見る彼の滑りはビデオで見たまま、いやそれ以

上に身体全身から発するスケートに対する情熱で溢れていた。僕にとってそれはまさに

夢の様な時間だった。ブラウン管の向こう側にいたはずの憧れのスケーターと今こうし

て同じ時間と感覚を共有しスケートボードをしている。そこには言語の壁等存在しなか

った。僕らはスケートボード言う言葉を通して無限の会話を尽きる事なく交わした。

 

ふと気が付くともうすでに日は沈み、そろそろ戻ろうと言う話しになったが、なぜかセ

ッションをした後にはクリスが英語で話しかけて来ても僕には彼が何を言おうとしてい

るのかが不思議と理解出来た。ブースに戻るまで僕らは「あそこの警備員は怖かった」

とか「あのステアーのトリックは良かった!」とか今日のセッションについて色々と話

しながら笑いあった。

 

スケートボードを通しての共有体験はこれほどまでに言語や文化、環境の違いを越えて

人と人の距離を縮めるものなのか?僕は改めてスケートボードの素晴らしさを再認識

し、それを身を持って教えてくれたクリスに心から感謝した。

 

彼とのそんな不思議な体験はその後間違いなく僕のスケーターとしての大きな指針とな

る経験となった。

 

そんな夢の様な日々が過ぎ、それはいよいよクリス達が帰国する前夜の出来事だった。

まだ夢見心地の抜けない僕が自宅でまったりしていると突然、福田さんから連絡が来

た。

 

電話に出ると打ち上げの最中の様なガヤつきと共に興奮気味の福田さんから間髪居れず

に前置き抜きの本題が飛んで来た。

 

「おい!!晋!!クリスがお前をアメリカに連れて帰るって言ってるぞ!!どうする

よ!!」

 

「え!!連れて帰るって、、、クリス帰るの明日ですよね?」

 

僕はその突拍子もない話に驚くと同時にその申し出をにわかに信じる事が出来なかっ

た。それに突然、明日アメリカへ連れて帰ると言われて、ハイそうですね!帰りましょ

う!なんて一体何処の誰が言えると言うのだろう。僕はしばらくその提案の真意が掴め

ず混乱したが、冷静に考えたら高校の進学も決まった僕がそれらを全て捨てて何の保証

も無いまままったく知らない国に飛び込んで行くなんてどう考えても出来るはずが無か

った。

 

クリスがそれほどまでに僕の事を買ってくれていた事は嬉しかったがどうしても本気だ

とは思えず。

 

「着いて行きたいのはやまやまなんですけど高校進学もきまったばかりなので、さすが

に明日一緒に行くなんて出来ないです。」

 

と福田さんに伝えた。すると福田さんは「ちょっと待て!」と良い何やら電話の向こう

でクリスと話し始めた。その様子にこれでクリスとの縁もここまでかと覚悟を決め待

っていると、

 

「おう!!晋!!クリスも高校には行った方が良いって言ってるのと、半年後にはまた

必ず来るから、その時は絶対連れて帰るって言ってるぞ!」

 

と、驚く返答が帰って来た。僕はこの時、本当にクリスが僕の事に興味があるんだと改

めて感じた。社交辞令だとしてもクリスのその言葉はとてもありがたかった。

 

もし、クリスが本気なら必ずまた会える!!僕はそんな小さな希望を信じ電話を切っ

た。

 

そして、この出会いをキッカケに僕とクリスの関係はこれから先、完璧なタイミングを

見計らうかの様にゆっくりと進んで行く事となる。これが僕のスケート人生を大きく変

えたある一人のプロスケーターとの出会いであり、高校進学とアメリカ行きをたった一

本の電話で唐突に天秤にかけさせられた中学3年の秋のとんでもないエピソードかつ夢

の様なストーリーのイントロである。

 

 

メガネとオタクとスケートボード〜前書き〜

メガネとオタクとスケートボード〜第1章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第2章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第3章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第4章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第5章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第6章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第7章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第8章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第9章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第10章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第11章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第12章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第13章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第14章〜

メガネとオタクとスケートボード〜第16章〜